友・モーグル西選手にエール 長野・白馬村の男性職員

2018年2月10日

真剣な面持ちで大画面の西選手の競技を見つめる太田さん=長野県白馬村で

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 平昌(ピョンチャン)五輪が開幕した9日、白馬高校出身でフリースタイルスキー男子モーグルの西伸幸選手(32)=マンマーノフーズ=が、県勢の先陣を切って予選1回目に出場し、16位につけて決勝進出へ期待をつないだ。高校時代からの親友の長野県白馬村職員太田充彦さん(32)は、村役場であったパブリックビューイング(PV)に見入って「金メダルを取って帰ってきてほしい」とエールを送った。

 大画面の西選手が斜面を滑走する姿に、集まった会場の人は、両手に持ったスティックバルーンを振って盛り上がった。そんな中、太田さんはバルーンを握り締めて終始真剣な面持ちで、親友の姿を目に焼き付けた。

 高校では太田さんが生徒会長、西選手が副会長を務めた。最近では西選手が白馬で合宿していた昨年十月に会った。この時には川崎市にある西選手の実家も訪れ、飲食店で語り合った。西選手は焼き鳥をつまみ、ビールを飲みながら「五輪で頑張る」と奮い立っていた。

 その後代表に選出され、西選手から電話で「五輪に出られるのを喜んだ自分に腹が立った。勝負に行く」と聞かされた。太田さんは「金メダルしか考えていないという決意の強さを感じた」という。

 西選手は世界選手権のデュアルモーグルで二〇〇九年に二位、一一年に三位。五輪ではバンクーバー(一〇年)、ソチ(一四年)と二大会連続で代表の座を手にした。

 しかし平昌の切符を手に入れるまでには辛酸をなめた。一六年一月、練習中に右膝の前十字靱帯(じんたい)を断裂。長期のリハビリを強いられた。

 太田さんは、西選手の父和弘さんから「伸幸のような靱帯損傷で現在のレベルまで復帰した選手は日本にはいないらしい」と聞かされた。でも、本人から苦労話を聞いたことはない。「あいつは弱音を吐かない、不言実行タイプだから」

 決勝に進むのは二十人。予選一回目で十位以内ならただちに進出が決まるが、十六位の西選手は予選二回目に臨む。予選二回目、決勝は十二日。

 太田さんの手元には、最後に二人で会った時に西選手からもらったTシャツがある。西選手が空中で技を決める華麗な姿の絵が印刷してある。

 「予選一回目で十位以内に入れればよかったけど、今は気持ちを切り替える時。十二日には、Tシャツの絵のようにベテランらしい結果を残してほしい」と話した。

 (林啓太)

西選手からもらったTシャツ。太田さんは「公務日なのでPVで着るのは控えたけど、スティックバルーンと一緒に握り締めていました」という=白馬村で

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中日新聞 東京新聞

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