花形の流儀 スピードスケート・小平奈緒

平昌冬季五輪代表に選ばれ、笑顔の小平奈緒=2017年12月30日、長野市のエムウエーブで

「怒った猫」身も心も

 会場全体を威嚇するように目をつり上げ、小平奈緒(31)=相沢病院=はスタートラインに立つ。スピードスケート大国オランダで付けられた異名は「怒った猫」。昨季から国内外の女子500メートルで24戦負けなしの世界女王は「自分のメンタリティーにしている。演技するくらいの雰囲気をつくる」と愛称を大切にしている。

 自身2度目の五輪出場となった2014年ソチ五輪は500メートル5位、1000メートル13位。世界の壁を感じ、大会の約2カ月後にオランダに渡った。所属チームのコーチは1998年長野五輪で二つの金メダルを獲得したマリアンヌ・ティメル氏。伝説的な元選手から授けられたフォームの指導は「怒った猫のように両肩を上げなさい」という意外なものだった。

 かつて日本のお家芸とされた短距離では「低い体勢をとれ」が一般的な指導。スーパーカーのように重心を低くして空気抵抗を減らしつつ、推進力の源となる骨盤の近い位置から氷を押す。体格で勝る欧米選手に勝つためのノウハウだった。

 当初は戸惑った小平だが、スケート界きっての理論派。探究心は旺盛で固定観念にとらわれない。「言われたことは全てやってみよう」。覚悟を決めてトライすると、欠点を改善する道筋が見えた。

小平フォームイメージ

 従来の低いフォームの場合、遠心力や疲労で少しでも体勢が乱れれば、首がつんのめり、腰が上がる。必然的に前方に足が進まなかった。信州大時代から指導する結城匡啓コーチは「農耕民族の日本人は田植えの姿勢が示す通り、元々、重心が後ろにある。柔道やレスリングにはいいが、陸上やスケートには向かない」と独自の考察を語る。

 小平と結城コーチは肩甲骨を上げることで、反動から骨盤が前方に動く利点に着目した。その上で下半身は従来の低い姿勢を保てば、前方に力強く足を踏み出せる。

 レースでは精神面から「怒った猫」になりきり、自己流を模索した。得意の500メートルは14年秋にワールドカップ(W杯)初勝利。翌シーズンこそ体質の変化で不振に陥ったが、2季留学したオランダから拠点を日本に戻した昨季からフォームも固まり、破竹の連勝街道が始まった。

 効率よく体が進めば、スタミナも浪費しない。31歳の第一人者は今季、1000メートルでもW杯4戦3勝と飛躍的な進歩を遂げ、先月に五輪個人種目で日本女子初となる世界記録を樹立した。

 日本とオランダの縁は深い。鎖国下の江戸時代、幕府はオランダの商業資本を取り入れた独自貿易で発展。これに小平は自らをなぞらえる。「オランダのまねするだけでは勝てない。ソチまで日本で積み上げた練習も大事。まさに蘭学です」。洗練された世界の技を貪欲に学び、平昌でも理想の滑りを追究する。(原田遼)

    ◇ 

 平昌五輪イヤーが幕を開け、メダル獲得が有力視される各競技の日本勢も最終調整の段階に入った。4年に1度の大舞台に備え、トップ選手たちが積み重ねてきた修練には、独特の個性や人生観がにじむ。それぞれの流儀に光を当て本番での活躍を占う。

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