白銀に輝く 小平奈緒・女王の解体新書

今季開幕戦の全日本距離別選手権で女子500メートルを制した小平=長野市のエムウエーブで

 スピードスケート短距離の世界女王、小平奈緒(31)=相沢病院=は来年2月の平昌冬季五輪に向け、今季初戦から国内最高記録を塗り替えるなど、順調にスタートを切った。母校や強国で学んだ動きを理論化し、理想の肉体を追求。同競技で日本女子初の五輪金メダルに向け、30歳を超えてなお成長を続ける。(原田遼)

最速女王 究極の繊細 刃から指先 感覚研ぎ澄ます

 体内に張り巡らせたセンサーは良好な反応を示した。小平が挑んだ先月下旬の全日本距離別選手権女子500メートル。今季初戦でたたき出した37秒25の国内最高記録に会場は沸き返ったが、自身の手応えは別のところにあった。

写真は上から、バーベル、ボール、げたでトレーニングする小平奈緒。

写真は上から、バーベル、ボール、げたでトレーニングする小平奈緒。

 「これまでは全力を出し切ってゴールに飛び込んでいた。今は力の伝わり方が内を向き、体の動きすべてがつながっている感じ」とうなずいた。昨季、世界距離別選手権500メートルや世界スプリント選手権を制したスプリンターが語る肉体の変化。ひもとくと4月に公開されたオフシーズンの練習に行き着く。

 長野市のトレーニング室。小平は静かに淡々と体を動かしていた。四つんばいから片方の脚や腕を離し、上体を反らす。踏み台に乗りながら軽重量のバーベルを持ち上げる。バランスの悪い姿勢のままボールをつかみ、投げる。強化に取り入れた用具の極め付きは一本歯のげた。両脚で立ち、スケートに近い前傾姿勢を保った。意識は「細胞をつなげるように」。骨盤から手先まで神経を行き届かせる。

 「ハア、ハア言わないし、汗もかかない。練習になっているのかと思われるかもしれないが、精度や連動を大事にしている」と結城匡啓コーチは説明した。かつては大柄な海外勢に勝つために食事で体を大きくし、重いバーベルを持って筋力をつけていた。2014年春から2年間、強国オランダに留学。1季目こそワールドカップ(W杯)500メートルで種目別総合優勝を果たしたが、2季目は国際大会で未勝利。「外国勢と同じことをするだけでは勝てない」と小平は気づいた。

 国内に拠点を戻した昨季からオランダや米国発祥のエクササイズと、地元長野県で習う古武術を組み合わせ、自己流のメニューをつくり上げた。参考とするのは口コミやインターネットの情報ではなく、文献。時には海外から専門書を取り寄せ、辞書を手に読み込む。

 スピードスケートの滑りは繊細。重心を意識して左右の脚を入れ替えながら、1ミリ幅のブレード(刃)で氷を押し続ける。空気抵抗や遠心力に耐える強さを求め続け、「いい時は手の指先まで氷から力が返ってくる」と語るほど、感覚が研ぎ澄まされた。食事制限で無駄な肉も落ち、結城コーチは「体重は変わらないが、除脂肪体重、体脂肪率は自己ベストの数値。女子の限界まできている」と語る。

 今季のW杯第1戦は今月10〜12日のヘーレンフェイン(オランダ)大会。「自分の限界を超えるようなレースをしたい」と未知の領域に挑み、五輪への足掛かりとする。

「頭が忙しい」「百聞は一験にしかず」

言葉にも強いこだわり

 小平は言葉に強いこだわりを持つ。特にスケーティング技術については「自分の感覚を大事にしている。他人に分かるような言葉にすると、感覚が違ってきてしまう」。オランダ留学の際には「オランダ人選手の思考を理解したい」と現地語を猛勉強。3カ月で会話ができるようになり、現地メディアの人気者に。過去の取材から独特の感性がにじむコメントを取り上げた。

「5カ月間、日本語を話していないので、頭が忙しい」
(オランダに拠点を置いていた15年10月の全日本距離別選手権で、日本メディアに囲まれ)

「創るという漢字は、キズとも読む。何かを得るためには痛みを伴う」
(16年11月、W杯第2戦女子500メートルで、当時自身が持っていた国内最高記録に並ぶ37秒75をマークして優勝。W杯総合11位に沈んだ前シーズンから復調して)

「最近、ファンに猫グッズを頂く。うれしいんですけど、猫はじゃれないので苦手。犬派です」
(16年12月、オランダで「怒った猫」の異名を取ったことから)

「永遠に生きるかのように学べ。明日死ぬかのように生きろ」
(17年4月、平昌五輪への心構えを聞かれ、ガンジーの言葉を引用)

「百聞は一験にしかず」
(17年9月、何事も体験したオランダ留学を振り返り)

「初対面から気が合った。友情が深まってきている」
(17年10月、昨季終盤に導入したサファイア製のブレードについて)

7月の公開練習で会見する小平=長野県松本市の美鈴湖自転車競技場で

7月の公開練習で会見する小平=長野県松本市の美鈴湖自転車競技場で

恩師と戦友とタッグ

 小平は独自の体制で平昌五輪に挑む。国内トップ選手のほとんどが参加するナショナルチームの練習ではなく、母校信州大スケート部に加わって鍛錬する。大学時代から指導を仰ぐ同大の結城コーチを「世界一のコーチ」と信頼するからだ。

 縁の始まりは小学5年生の時に地元で開催された長野五輪。男子500メートルで金メダルに輝いた清水宏保に密着したテレビ番組を大会後に見て、分析面でサポートしていた結城コーチの存在を知った。その理論を学べる環境を求めて勉強に励み、国立大に現役合格。「人生で最大の決断だった」と振り返る。

 さらに今季からはバンクーバー、ソチの両五輪代表で宿舎が相部屋だった石沢志穂さんが、小平の所属先にスタッフ入り。現役引退後、栄養士資格を取った戦友に食事面などで支えられ、「同学年なので全然気を使わずにいられる」と精神的なやすらぎも感じている。「チーム小平」の結束で金メダルを狙う。

公開練習で、今年からスタッフに加わった石沢志穂さん(左)とトレーニングする小平。右は結城匡啓コーチ=長野市のエムウエーブで

公開練習で、今年からスタッフに加わった石沢志穂さん(左)とトレーニングする小平。右は結城匡啓コーチ=長野市のエムウエーブで

※ご利用のブラウザのバージョンが古い場合、ページ等が正常に表示されない場合がございます。

Search | 検索