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能登半島地震特集血栓の懸念 睡眠薬 救護現場 導入に慎重
二〇〇四年の新潟県中越地震で、睡眠導入剤(睡眠薬)を服用していた被災者の約七割に、いわゆるエコノミークラス症候群の原因となる血栓や、むくみなどの症状があったことが分かった。だが、発生から二十日を迎える能登半島地震の被災者には、長引く避難生活による不安から同剤を必要とする人たちもいる。救護現場ではどんな対応をしているのか。 (杉戸祐子) 能登半島地震「今も余震が怖いし、周りの音で二時間おきに目が覚める」。被害の大きかった石川県輪島市門前町の避難所・門前会館で生活する女性(72)は嘆く。別の男性(54)も「地震から九日目に熱が出て眠れなくなった」と訴えた。 被災者には、睡眠導入剤を必要とする人もいる。別の避難所で九日間を過ごした女性(71)はもともと処方を受けてきたが、避難所では「余震が怖いし、周りで人が動く。うまく眠れず、薬は半錠から一錠(規定量)になり、二錠に増えた」。 『精神安定剤を主に』『薬に頼らず話聞く』同剤の処方にルールはあるのか。石川県医療対策課は「処方は医師の判断。県として一律の指針は出していない」と判断は現場に任せている。 現場では、避難所内の救護所三カ所と巡回専門の計四つの「医療チーム」が活動する。これまで延べ約四十の医療機関が交代で担当した。別に精神科医らでつくる「心のケアチーム」も避難所を巡回する。 静岡赤十字病院の稲葉浩久・呼吸器外科部長は、今月三日から三日間、門前会館の医療チームで活動した。当時は高齢者を中心に約五十人が避難生活を送っており、一日約二十五人が受診して三人に一人が不眠や不安を訴えた。そうした人には眠気を誘う効果が睡眠導入剤より弱い精神安定剤(抗不安薬)を一日分ずつ処方したという。 「疲れに余震の恐怖や先行きへの不安が重なって不眠を訴えていた。薬に頼りたくはなかったが、この状況で出さないのは気の毒だと考えた」 睡眠導入剤については「外科医として日ごろから術後の安静中の血栓の予防を意識しており、処方はためらわれた」と話す。 医療活動を統括する同町の山岸満医師は「朝晩の全体ミーティングで睡眠導入剤の処方はなるべく少量にし、精神安定剤に併用する形でお願いしている」と説明。実際「医療チームでは精神安定剤を処方している例が多いようだ」と話す。 「心のケアチーム」の青森県立精神保健福祉センターの渡辺直樹所長は「薬に頼らず、じっくり話を聞くことが大切」と睡眠導入剤、精神安定剤ともに処方していない。「高齢者が多くて温かい人間関係だが、各自がストレスを口にせずに我慢している」と言う。 だが、山岸医師は「服用で血栓ができやすくなるのも問題だが、眠れずに不安が強まって血圧が上がれば脳や心臓の重大疾患を招きかねない。どちらを重く考えるかは難しく、個別に判断するしかない」と実情を語る。 渡辺所長によると、被災で被災者の心理は、数時間から数日間の「茫然(ぼうぜん)自失期」を経て、非常時で緊張感が高まり活動的な「ハネムーン期」が数日間から数カ月間続き、その後はそれまでの緊張や疲労から不調に陥る「幻滅期」に入るという=図。 山岸医師は「疲労や気持ちの落ち込みは精神安定剤などで改善できるケースも多いと思うので、特に処方する量に注意しながら対応していきたい」と話した。 中越地震調査で判明新潟大大学院の榛沢和彦医師が、中越地震の避難生活経験者366人を対象に、発生から2年後に調査。睡眠導入剤服用者118人中、72%に当たる85人が足のむくみなどを訴えた。うち14人からは血栓も見つかった。榛沢医師は「同剤の筋弛緩(しかん)効果で血管が拡張、血圧が下がって血液が滞り、眠りも深くなり体を動かさなくなることから血栓ができやすくなる」と分析する。
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