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能登半島地震特集あの日から2年−3・25能登半島地震(7)
趣味再び少しずつ切り絵に没頭 安らぎ石川県志賀町富来領家町の本久幸寸計(ほんきゅうこうすけ)さん(73)は地震から二年たって、ようやく趣味の世界に心が向きつつある。 妻洋子さん(68)と二人暮らし。切り絵と筆ペン、木工の教室に通うのを楽しみにする日々は、地震の日から途絶えていた。 地震が起きた三月二十五日は春休みの日曜。子と孫が遊びに来ていた。前日少しばかり夜更かしして遅めの朝食のひととき。煮え立ったやかんがはね、目前でテレビが倒れた。家の戸はほとんど傾き、風呂や脱衣所、台所の外壁が崩れ、ボイラーも壊れた。 趣味どころではない。ペンもナイフも持つ気になれなかった。「気持ちが落ち着くまではできないね」とため息をついた。 自宅と仮設住宅を往復する日々。洋子さんは涙もろくなった。「見舞いに訪ねてくれる人がいると、もう、それだけで胸がいっぱいになって…」。近所の呉服洋品店へ行き、「皆と話すことで心が落ち着いた」と言う。 幸寸計さんは四日に一回、シルバー人材センターのアルバイトに出る傍ら、気持ちを奮い立たせて家を直した。 「もう、大きなうち(家)はいらんわいね」。夫婦の共通した思い。子や孫がいる金沢へ行こうかと話もした。しかし、やっぱり家を離れたくない。二人の結論だった。 「また揺れるんじゃないかという怖さは今もある」。恐怖の記憶は消えない。それでも二年の月日が少しずつ日常に近づける。 地震から二度目の冬。幸寸計さんは最近、カレンダーの浮世絵を見て「これをやってみようかな」と思った。江戸時代後期の浮世絵師、鳥文斎栄之作の「円窓九美人図」。意欲がわいてきた。 切り絵作品に向かうのは主に夜。特殊な眼鏡をかけナイフの先に神経を集中する。何やらゴソゴソやっている様子が電気スタンドの明かりに浮かぶ。 「しばらくそんな気持ちにならないのかなと思っていたので、ほっとした。うれしかった」。洋子さんはその姿を何より待ち望んでいた。 (志賀・小塚泉)
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