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能登半島地震特集

被災地に生きる(10) 支援物資 一元化で混乱防ぐ

同じ商品が並び、整然と仕分けられた支援物資=石川県輪島市の市総合体育館で

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 四月二十一日の石川県輪島市稲舟町の市総合体育館。ミネラルウオーターやアルファ米、レトルト食品。テニスコート四面ほどの広さの館内で、段ボール箱が種類ごとに壁に沿うように積み上げられている。旧輪島地区の避難所に配る支援物資が全国から届いていた。

 「仕分けは手間取らなかった。四月初めにボランティアが来るまで職員二人で整理していたぐらい」。同市の西見豊・災害復興支援室長(54)は説明する。配達もスムーズに運び、避難所では「ありがたい」「何でもそろって助かるわ」と感謝の言葉が聞かれた。

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 二〇〇四年の新潟県中越地震では、新潟県や被災した自治体に個人からの支援物資が過剰に届いた。古着や食料、毛布なども混在。仕分けに手間取り、同県長岡市は整理に約二年を費やし、余った古着を焼却処分した。

 能登半島地震では、この教訓から“交通整理”に重点が置かれた。石川県は申し出があった物資の内容と数量をリストにし、被災市町へ送付。要望があった品物は直接現地に送ってもらった。この方式で輪島市はトイレットペーパーや食器トレーなどをリストから入手し、余分な在庫管理の手間が省けた。

 輪島市にも電話での支援申し出が殺到したが、長岡市職員らのアドバイスを受け、事前確認を徹底。中越地震で中古品が多かった個人からの下着や布団、足りている水は丁重に断った。物資管理を担当する堀井美佳さん(32)は「本当に断りにくかったが、無駄にするともったいないので」と複雑な胸中を明かした。

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 西見さんは「報道などで中越地震の混乱を知っていたのでしょう。『本当に必要な物を』と事前に連絡をくれる人が多かったことが混乱を防いだ一番の理由」と送り手の意識の変化を強調する。

 それでも、京都大学防災研究所の河田恵昭・巨大災害研究センター長(61)(危機管理専攻)は混乱が起きなかった要因を「中越地震の知識もあるが、被災の規模が比較的小さかったから」と指摘する。その上で「規模が大きければ物資は大量になり、受け入れ態勢がどれだけ整うか分からない。各都道府県は情報を一元化し、大量な物資を調達、輸送する仕組みを構築しなければならない」と今後の課題を挙げた。

 =終わり

 ◇支援物資◇ 1995年の阪神・淡路大震災や2004年の新潟県中越地震では、被災地に大量に送られてきた支援物資の仕分けや分配、保管で混乱し、問題となった。中越地震の被災地の新潟県長岡市は震災後の06年、市の地域防災計画に発生直後の個人の支援物資は受け入れないことを盛り込んだ。同年に総務省消防庁は「緊急物資調達の調整体制・方法に関する検討会」を発足。地方公共団体間の緊急物資提供の体制の現状と課題を踏まえた報告書を5月中に取りまとめる。

 ◇記者の目◇ 「カップラーメンは、いや」。輪島市の避難所で、カップうどんやそば、レトルトのおかゆが喜ばれた。お年寄りの被災者が多かったからだ。

 穴水町と志賀町では、他の物資より下着の需要はかなり少なかったと聞く。二町とも、全半壊し傾いた家屋から下着は運び出せたからだそうだ。

 被災地で必要な「支援物資」といっても、ニーズはさまざまで決してひとくくりにはできない。避難した人たちの年齢層や被害の状況などきめ細かな情報の把握と周知が、無駄を防ぎ、被災者に本当に喜ばれる支援につながるのかもしれない。 (七尾支局・増井のぞみ)

 

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