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<安倍政策点検> アベノミクス

2017年10月8日 朝刊

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 安倍政権が看板経済政策として掲げてきたアベノミクスは、日銀の「異次元」の金融緩和が円安を導き、大企業の業績改善につながった。安倍晋三首相は、経済成長や賃金上昇といった成果に胸を張る。だが、大企業の「恩恵」がしたたり落ちるように中小企業や個人に行き渡るとされるトリクルダウンは実現したのか。現場を取材すると、景気改善の実感が中小企業に広がっているとはとても言い難い。

 「売り上げ自体はリーマン・ショック前の九割近くにまで戻った。でも利益がなかなか上がらない。忙しいのにもうからない」

 名古屋市熱田区でねじ製造会社を営む大野正博さん(59)が嘆く。幹線道路沿いにある倉庫と作業場を兼ねたビルには、箱詰めされたねじや座金が所狭しと並ぶ。社員たちは肩がぶつからないよう、体を斜めにしながら通路を行き交う。作業場ではねじに光を当てて、不良品がないかどうか、忙しそうに確認作業をしていた。

 戦前に創業し、大野さんが三代目。自動車や工作機器メーカーなどに二〜四次下請けとしてねじを納入する。正社員二十六人に加え、アルバイトや派遣社員九人が働く。

 年々、経営環境は厳しさを増す。元請けから必要な時に必要な分だけ納入するジャスト・イン・タイムを求められる。大手の元請けは在庫を抱える無駄がなくなるが、下請けが逆に在庫を確保しなくてはならない。

 むろん品質管理の徹底も至上命令だ。二年前に不良品を出した。幸い、大ごとにはならなかったが、「元請けから注文を打ち切られる」との不安が消えない。それを機に、不良品を選別するための契約社員とアルバイトを増やし、在庫用の倉庫の増設も検討。コスト増が重くのしかかる。

 取引先の三割は自動車関係。国内の自動車生産台数はリーマン・ショック以降、ほぼ一千万台で頭打ちの状態だ。ここ数年、売り上げは横ばいから微増と悪くはないが、取引先の新規開拓は進まず、高まる元請けの要求に応じていると、コスト削減は難しく、利益率を高めるのは容易でない。

 さらに人手不足が追い打ちをかけ、ベトナム人ら外国人を採用し、何とか乗り切っている。定期昇給は続けているが、ベースアップはもちろん、ボーナスの上積みは難しい現状が続く。

 二〇一四年の衆院解散直後、安倍首相は「企業が収益を上げる状況をつくり、皆さんの懐へ回っていく。全国津々浦々に至るまで景気回復を実感できる、この道しかない」と断言した。それから三年弱。先月二十五日の会見でも「この五年近くアベノミクス改革の矢を放ち続け、ようやくここまで来ることができた」「皆さんの所得を大きく増やしていく」と述べた。

 しかし、大野さんには首相が胸を張るほどの豊かさの実感はない。アベノミクスを続けても、中小企業や一般消費者に恩恵が行き渡るのは難しいと感じる。「大企業に利益が出ていても、私たちには届いていない。大多数の消費者は中小企業で働いている。その会社の賃金が上がらなければ人は物を買わず、景気は良くならない」。こう言って渋い顔をつくった。

 <アベノミクス> 安倍政権が掲げる経済政策の総称で、「安倍」と「エコノミクス(経済学)」の造語。大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略の「三本の矢」が当初の柱だった。デフレ脱却を掲げ、日銀とともに2%の物価上昇を目指したが、達成時期の先送りが続いている。

 一方、国内総生産(GDP)は6四半期連続でプラス成長となり、政府は戦後2番目に長い「いざなぎ景気」を超えた可能性が高いと成果を強調する。

◆トリクルダウン高い壁

 <駒沢大経済学部・吉田敬一教授(中小企業論)の話> 円安が進むことで大企業が作った製品の価格競争力が高まって輸出が伸び、下請けの中小企業にも恩恵が及ぶというのが安倍政権が強調してきたトリクルダウンの筋書きだった。だが、グローバル経済の下でトリクルダウンは望めない。日本企業の海外での生産が進み、輸出先でも同じ製品を作っているため、円安だからといって輸出価格だけを下げるわけにいかないからだ。

 典型的なのは自動車。安倍政権が発足した二〇一二年十二月以降、輸出台数は伸びていない。トヨタ自動車をはじめ大企業の利益は伸びたが、円安下での為替差益によるところが大きい。持続可能な国づくりや地域経済づくりに果たす中小企業の役割は大きい。国民の七割が関わる中小・零細企業をどう支え、励ますか。この視点を置き去りにしてはいけない。

 (衆院選取材班)

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