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<安倍政策点検> 一億総活躍社会

2017年10月7日 紙面から

 「あらゆる政策を総動員する。腰を据えて取り組む」。安全保障関連法の成立直後の2015年9月、安倍晋三首相が突如、掲げた「一億総活躍社会」。少子高齢化に歯止めをかけ経済成長を図るため、保育士の処遇改善や給付型奨学金の創設を盛り込んだ。あれから2年、首相の口からめっきり出なくなったフレーズだが、現場はどうなっているのか。

 赤ちゃんたちが昼寝から目覚める午後二時半。愛知県犬山市の犬山さくら保育園は、にわかに慌ただしくなる。ゼロ〜二歳児が五十五人。はいはいする子、泣きだす子、おむつ交換を待つ子。十七人の保育士は息つく暇もない。

 「こんな忙しさに報いてくれる政策だと思ったが」。岡田寿美代園長(51)は、保育士の処遇改善策に疑問を投げかける。

 保育士不足の対策として一七年度から、おおむね七年以上の経験者の給与を月四万円加算する制度。だが、実際は在園する子どもの数などに応じ、園ごとに適用される保育士の数が限られることが分かった。「うちは七年以上が九人いるが、適用対象は六人だけ。チームワークが欠かせない職場に分断が生まれかねない」

 国が今後、加算条件として保育士一人当たり六十時間の研修を課すことも不安の種。保育士の佐竹志月(しづき)さん(29)は「開園日に研修に行く間は、誰が仕事を代わるのか。休日なら家庭や私生活が犠牲になる」。

 国の調査では、保育士の平均月給は全産業平均より約十一万円低い二十二万円程度。「子どもが好きという情熱だけでは続けられない水準。給与が増えると聞いて、うれしくないわけがない」と岡田園長。「でも、現場の実態を考えた制度にしてもらわないと」。犬山さくら保育園は職員らの話し合いで、これらの処遇改善策の利用申請をしないと決めた。

 看板倒れの懸念は、大学進学者らを対象に一七年度から先行実施された給付型奨学金にもある。

 返還不要で毎月、最大四万円が支給される制度で、日本学生支援機構は二千八百人分の枠を用意。だが、住民税が非課税となる低所得世帯から大学などへ進学するのは一学年で約六万人と推計されている。低所得世帯である上、高校の成績が五段階で平均四・三以上の非常に優秀な生徒に限るなど基準も厳しい。

 子どもの貧困解消を目指す公益財団法人「あすのば」(東京)で活動する大学一年深堀麻菜香さん(19)は、生活保護家庭出身で成績は四・〇だったが、給付を受けられなかった。「返還不要と知って期待したけど、こんなにハードルが高いなんて」

 本格実施される一八年度以降は対象が二万人に増えるものの、それでも推計される進学者数の三分の一ほど。安倍首相は衆院解散に当たり、貧困世帯出身者の高等教育無償化に取り組む考えを示したが、具体策はこれからだ。

 愛知奨学金問題ネットワーク事務局長の水谷英二さん(59)は「低所得世帯は塾に行けない子が多く、学力を付けにくい傾向がある。成績に偏った選別は、貧困世帯の学生を支援するという奨学金の意義から外れかねない」と話している。

 <一億総活躍社会> 2016年6月に閣議決定された「ニッポン一億総活躍プラン」では、若者から高齢者まで「全員参加型」で少子高齢化対策に取り組むとして、希望出生率1.8の実現や名目国内総生産(GDP)600兆円、介護離職ゼロなどを目標に掲げた。内容は子育て支援や長時間労働の是正、健康寿命の伸長、3世代同居支援など多岐にわたる。

◆看板の中身を見極めて

 <東京大先端科学技術研究センター・牧原出教授の話> 安倍政権の特徴は、検証の機会を与えないほど次々に新しいキャッチフレーズを打ち出すこと。「一億総活躍社会」や地方創生などと言うが、政策を個別に見れば、各省庁や自治体が普段から当たり前にやるべきことが並んでいるだけの印象が強い。ごく少数にしか効果が行き渡らない政策も多い。

 だが、政権は希望出生率一・八や「介護離職ゼロ」など、実現が難しい目標を掲げ、あたかも全員に成果が行き渡るように強弁している。この姿勢こそ批判されるべきだ。

 今回はまた「人づくり革命」などと新しい看板を掲げているが、有権者は中身が伴っているかどうか見極めることが必要だ。

 (衆院選取材班)

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