滋賀
2017年10月12日 紙面から
十日公示された衆院選で、県内では四選挙区で十三人が立候補した。二十二日の投開票日に向けて、駆け回る立候補者の政治姿勢や人柄を各選挙区ごとに紹介する。
=上から届け出順
一九六二(昭和三七)年から約四十年間、小学校教諭として毎日を子どもたちと過ごした。その中で、次世代の子どもたちにどういった未来を残すのかを模索。八六年に社会党に入党し、子どもを中心に見据えた政治づくりを訴えてきた。
選挙で改憲反対、原発再稼働反対を訴えるのも、子どもたちの未来を考えた結果だ。「選挙権のない子どもたちのために、『大人が平和な社会づくりを頑張っているよ』という姿を見せ続けたい」と、握るマイクにも熱意がこもる。
中学時代はソフトボール部で一塁を守り、遠投五十メートルを超える強肩で県大会制覇に貢献。四十代では山登り、退職後はグラウンドゴルフに熱中した。最近はときどき一人カラオケへ。ビール片手に「ひみつのアッコちゃん」「なごり雪」など幅広いジャンルの曲を歌うのがお気に入りだ。
衆院議員に初当選して五年。キャリアを着実に重ねた二期目だった。財務政務官を務め、国家と地域の両にらみで仕事をする視点を学んだ。「政治家を続けていく上での基礎。これで政治家の小学校くらいを卒業できたかな」と振り返る。
アベノミクスは「百点満点ではない」との評価。中小企業まで効果が行き渡っておらず、人手不足が経済成長の足かせになりつつある現状を認識しているからだ。政策の最終決定を下す総理大臣は憧れであり、目指すべき存在とする。「絶対にやりたい。七十五歳になっても狙いたい」
地元に帰っても自由になれる時間は少なく、子どもと触れ合う時間が唯一の気晴らしとか。好きなマンガは小学生の頃から愛読するドラえもん。「四次元ポケットが欲しい。ぐうたらなところは、のび太に似ているかな」と冗談めかして笑う。
県知事を二期八年務め、三年前にいったんは政治の舞台から退いた。かつては新幹線新駅やダム計画など大型公共工事の中止を「もったいない」と訴えたが、今は国政を憂えて「ほっとけない」を掲げる。
埼玉県の養蚕農家に生まれ、十五歳の修学旅行で関西を訪れた際に目にした琵琶湖に「一目ぼれした」という。水と人の環境共生社会に関心を持ち、環境社会学者として研究の道を歩んだ。研究と子育ての両立に苦労した経験から、知事在任中は子育て支援に力を入れたと自負する。
知事引退後は、大津市北比良の琵琶湖岸に住居を移した。毎朝、琵琶湖の水を一杯飲むのが日課だ。
知事初当選時に三人だった孫は六人に。一番年長の孫は十八歳になり、初めて投票する権利を得た。「おばあちゃんに入れてくれるかな」と笑う。