滋賀
2017年10月8日 紙面から
広い工場内には、塗料の鼻をつくにおいが充満し、ハンマーでたたく高い音が響く。出荷待ちのバルブが所狭しと並ぶ中、従業員は天井からつり下げたクレーンで製品を移動させたり、細部を点検したりと忙しく働いていた。
彦根市外町の「松尾バルブ工業」。造船会社や下水処理施設からバルブを受注し、月に三十〜四十トンを出荷している。二〇〇八年の「リーマン・ショック」で一時苦しんだものの、安倍晋三首相が打ち出した経済政策「アベノミクス」による円安で、業績は徐々に回復していた。
それがこの五年ほど、人手不足や採用での苦戦を感じるようになった。一二年は毎年一人は採用してきた新卒を確保できず、「風向きが変わった」。今春の新入社員の採用が決まったのは昨年十二月になってから。人手が足りず、営業と出荷の両方を担う「二足のわらじ」社員もいる。
安倍首相は、アベノミクスの成果として「この二年間で正規雇用は七十九万人増えた」と強調する。しかし地方の実情とはほど遠い。県中小企業家同友会が八〜九月にかけて行った「労働力不足アンケート」によると、回答のあった三百十社のうち、七割強が「労働力が足りていない」と答えた。
特に製造業は、飲食、運送、建設の各業種と並んで労働力不足が目立つ。滋賀労働局によると、八月の製造業の新規求人数は、前年同月からの一年間で三割増え、十五カ月連続の増加だ。
松尾バルブ工業の松尾直樹専務(38)は「学生に『来ていただく』時代。鉄くずをかぶったり、油がはねてかかったりと、いわゆる『3K』のイメージが先行する業界には人が集まらない」と頭を悩ませる。このため、大学に赴いて仕事内容や魅力を紹介する特別授業を行うなど採用に工夫を凝らす。
同社でも「体力が持たない」と業界を離れる若者が相次ぎ、新卒三年の定着率は六割。生産年齢人口が減少に転じ、今後いっそう厳しくなる人材確保に危機感は増す。
松尾さんは「仕事の受注が増える機会になった」とアベノミクスに一定の評価をするが、むしろ求めるのは人づくりだ。「個人の能率が上がれば、よい仕事も増え、業界の魅力も増す好循環になる」。そんな期待を込めてバルブを作り続ける。
(高田みのり)