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連載

<作家に聞く 衆院選考>(下) 平野啓一郎さん

2017年10月17日 紙面から

平野啓一郎さん

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◆生活を変えるために

 まず言っておきたいのは、今回の解散には何の大義もないということです。前回(二〇一四年)の衆院解散と同じく、政権の解散権の乱用です。安倍晋三首相は「国難」を理由にしていますが、少子高齢化なんて昔から分かりきった問題だし、北朝鮮問題が本当に危機的な状況なら解散なんてしている場合ではない。

 はっきりとこれは森友・加計(かけ)学園問題の疑惑から逃れるための解散です。今後も政府にやましいことがあるたびに解散するようなことを本当に許していいのか。それがまず選挙で問われるべきだと思います。

 野党も再編が進みましたが、そこに至る経緯はあまりにもお粗末でした。民進党の前原誠司代表が一杯食わされたのだとすれば、こんな人がかつて外務大臣を務め、外国と交渉していたというのは非常に怖い話です。

 ただ、ここ最近の選挙で、リベラル派はずっと退却戦を強いられ続けていました。民進党内に、自民党と同じかそれよりも右寄りの政治家がいることに、すっきりしない思いを抱える人も多かった。野党共闘が進み、立憲民主党ができて、リベラル派の踏ん張る足場ができたこと自体は、悲観すべきではないと思います。

 政策面の議論でいえば、やはり格差問題です。アベノミクスが成功していると主張するのは、(富める人が富めば貧しい人にも富がしたたり落ちるという)「トリクルダウン」の神話を信じている人だけ。格差がどれだけ広がっても、日銀が株価を買い支えてくれるならいいという考え方は間違いです。

 世界では発電方法や電気自動車など、あらゆる技術が前進している。その中で日本は原発に象徴されるように、非常に古く、反動的な政策を取り続けてきた。成長戦略が何もなかった。そこがアベノミクス失敗の最大の原因だと思います。

 新自由主義の時代になって以降、とにかく人間を労働力としてしか見ない議論が多すぎます。人間というのは労働力であると同時に消費者であり、さまざまな活動の主体です。その心身が健康でなければ、個人消費なんて伸びるわけがない。そう考えればおのずと、長時間労働規制などの取るべき政策が見えてくる。それが格差の是正や少子高齢化対策にもつながります。

 北朝鮮への政府の対応にも不信感があります。いったい何人の日本人が、あるいは韓国人や北朝鮮人が死ぬことを想定して、緊張をあおり続けているのか。

 もちろん北朝鮮は常軌を逸していると思います。とんでもない独裁体制で、国民の人権は蹂躙(じゅうりん)されています。しかし、今やらなければいけないのは緊張緩和のはずです。その上で、中長期的な話し合いをしていくという手順を踏むしかない。今の外交姿勢を見ていると、政権の支持率浮揚のためか、本当に戦争をしたいのか、その二つの理由しか思い付きません。

 今回の選挙は、政党が左から右までグラデーションになり、政策的に投票先がないという状況はなくなりました。それでも悩むという人は、自分の人生を見つめ、何がうまくいっていないのかを考えるところから始めてみてください。

 保育園に入れない、給料が上がらない、長時間労働に苦しんでいる…。それらは自己責任ではない。全部、社会制度の問題です。それを変えてくれる可能性のある政党を選んでほしい。「日本を変える」という大きなことより、自分の生活や人生を変えるために投票してほしいと思います。

  (聞き手・樋口薫)

 ひらの・けいいちろう 1975年、愛知県生まれ。大学在学中の98年に「日蝕」でデビュー、同作で芥川賞。最新作『マチネの終わりに』で今年、渡辺淳一文学賞。

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