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連載

<作家に聞く 衆院選考>(中) 高村薫さん

2017年10月12日 夕刊

高村薫さん

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◆風に流されず選択を

 これまで四十年以上、投票をしてきましたが、今回ほど頭を抱えたくなる選挙はありません。有権者はなめられたものです。

 夏の都議選で自民党が大敗した後、安倍晋三首相は森友・加計学園問題を「丁寧に説明していく」と釈明したはずです。にもかかわらず憲法に基づく野党からの臨時国会召集の要求を何カ月も引き延ばした上、開いたと思ったら何の審議もせずに解散しました。「国難」と言うだけで北朝鮮の問題への非難決議もなく、所信表明演説や代表質問すらしなかった。前代未聞の議会制民主主義の否定です。

 希望の党を結成した小池百合子代表も、都知事選で約束したことを何一つ実現できていません。「透明性の確保」をうたっていましたが、実際にやっていることは逆でしょう。小池さんは、過去には、日本の核武装についても検討する姿勢をみせていました。そういう思想を持ちながら「原発ゼロ」を平然と掲げる。そして安保法制の反対を訴えていたはずの元民進党の議員たちが、正反対の政策となる希望の党に、するっと入っていきました。

◆すぐ忘れる国民性

 政治家がこのように国民をばかにした態度をとり続けるのは、結局は有権者が、政治を軽く見ていることの裏返しです。問題発言が出てきた時だけ「何だこれは」と反応しても、すぐに忘れる。だから説明もせずに時間稼ぎするだけのやり方が有効になってしまうのです。有権者が、政治家のこうした言動をしっかり覚えていて、世論調査などに反映されれば、彼らがいつまでも大きな顔をして出てくることはできないはずです。

 今回の選挙で、もしも希望の党がそれなりの数の議席を得て、自民党に対して「是々非々」などと言いながら政治のキャスチングボートを握れば、改憲のハードルはぐっと下がります。日本は戦争をする国へとかじを切ることになり、後戻りできなくなる。米国の要請に応じて、自衛隊がアジアの対中朝の最前線に立たされることにもなるでしょう。米国の軍事力に頼らざるを得ないことも確かですが、日本は独立国です。本来なら東アジアの国々と、それぞれ独自に良好な関係を結ぶこともできるはずなのに、米国にべったりの政治によって、その道を自ら閉ざそうとしています。

 今、台頭しているのは保守というより、右派ですね。これは日本だけの現象ではなく、世界的な流れです。グローバルな資本主義の行き着いた先が、貧富の格差の拡大だった。安定した経済成長も見込めず、中間層がいなくなる中で、人間社会の理想を掲げて行動しようという余裕はなくなり、リベラルが後退してしまいました。既存のリベラルは、対立を解消する方策を一から考えていくしかないのでしょう。

◆言動を見極めて

 個人的にも、選択肢が少なく悩ましい選挙です。ただ右派の奔流(ほんりゅう)に、有権者がそのまま呑(の)まれてしまうだけではないのでは、という期待もあります。インターネットの発達した今のメディア環境ならば、政治家のみっともない離合集散の経緯や、一人一人の顔つきがしっかり映し出されるからです。政治家が過去に何をしたのか、しなかったのか。言動が不確かな人は、見れば分かります。有権者がそれぞれ、自分にとって本当に守りたいものをしっかり考え、単なる風に流されずに投票するならば、そこまでひどい結果にはならないだろうとも思うのです。

 (聞き手・中村陽子)

 <たかむら・かおる> 1953年、大阪市生まれ。90年に『黄金を抱いて翔(と)べ』で日本推理サスペンス大賞を受賞しデビュー。『マークスの山』で直木賞、『新リア王』で親鸞賞、『太陽を曳(ひ)く馬』で読売文学賞など受賞多数。直木賞選考委員。

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