• 中日新聞ウェブ
  • 中日新聞プラス

連載

<作家に聞く 衆院選考>(上) 島田雅彦さん

2017年10月10日 夕刊

島田雅彦さん

写真

◆「公明正大な善人」を期待

 衆院選が公示された。突然の解散に野党の離合集散が続き、慌ただしい雰囲気の中で行われる今回の選挙で、何が問われているのか。作家たちに聞いた。

 公示前の政局は北野武監督の映画『アウトレイジ』を見ているようでした。「全員悪人」。その中で、必要に迫られて立憲民主党を立ち上げた枝野幸男氏や共産党の志位和夫氏が恵比寿さんに見える。ネット市民の反応が選挙結果に直結すれば、リベラル圧勝となるはずですが、社会はいまだ江戸時代同様、「お上には逆らえない」という風潮が根強い。このギャップを埋める必要があります。

 いままでの政党が「立憲」という政治主張を党名に入れてこなかったのは、それが当たり前のことだったからです。あえて入れなければならなくなったところに、日本の政治の病があると思います。

 二〇一五年、憲法違反の疑いが極めて強い安保法が成立しましたが、それは政治家が憲政の前提を破壊する「極右クーデター」でした。彼らは立憲主義と民主主義の原則に忠実であるべき保守の風上にも置けない。憲法九条に第三項を追加して自衛隊を明文化するという安倍晋三首相の改憲案も矛盾をさらに上書きすることにしかなりません。

◆政策選択に多様性

 希望の党の小池百合子氏と安倍首相は政策も人事を握って権力を維持するところもうり二つです。与党への対抗軸となる安保法反対、原発ストップ、憲法改正反対の主張を前面に出す立憲民主党が立ち上がったことで政策選択の多様性が出てきました。

 上からの押しつけに従うのではなく、議論を通して社会的合意を形成してゆくのがリベラル、権力を憲法で縛り、市民の権利を担保するのが立憲主義で、その主張は市民の共感と連帯と怒りによって拡散しています。ネット上の政権批判は的を射たものが多いですが、自称「保守」の極右たちは市民の味方であるリベラルを「反社会勢力」として排除し、おのが権力欲に任せて「仁義なき戦い」を仕掛けています。

 新作の『カタストロフ・マニア』は文明崩壊の危機に陥った近未来の日本を描いた小説です。政治家や官僚たちは自己保身のためだけに行動し、完全に思考停止、機能不全に陥り、滅亡を加速します。対米隷属以外の選択を持たず、異論を排除し、対話に応じない密室政治を続ける現政権も「国難」には対処し切れないでしょう。安倍政権の五年間は単に対米隷属と独裁が強化され、景気回復も税金で株価を上げただけでした。

 希望の党が安倍首相を退場させるのはいいが、その後自民との大連立をすれば、実質的に市民の声は封殺され、大政翼賛会が復活するでしょう。現状、リベラル側が大躍進するには、何かが足りない。これまで日本に登場したポピュリストは全て対米隷属ウヨクでしたが、今こそ米大統領候補バーニー・サンダースのようなリベラルのポピュリストの登場が待たれます。その条件は「公明正大な善人」であることに尽きます。選挙権とは権力にしがみつく悪人を追放する権利なのです。 

 (聞き手・小佐野慧太)

 <しまだ・まさひこ> 1961年、東京都生まれ。大学在学中の83年、『優しいサヨクのための嬉遊曲』で作家デビュー。92年『彼岸先生』で泉鏡花文学賞。現在は法政大国際文化学部教授。芥川賞選考委員。

主な政党の公約

新聞購読のご案内