連載
2017年9月22日 朝刊
「人事によって、大臣の考えや目指す方針が組織の内外にメッセージとして伝わります。(中略)とりわけ官僚は『人事』に敏感で、そこから大臣の意思を鋭く察知します」
菅義偉(すがよしひで)官房長官が五年前、自著「政治家の覚悟〜官僚を動かせ〜」に記した一節だ。
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「大臣」を「官邸」と置き換えてみればいい。菅氏の言葉通り、第二次安倍政権は「霞が関」の人事を掌握し、官邸主導を強めた。中でも“安倍一強”を形づくった力の源泉と言われるのが、二〇一四年五月に設置された内閣人事局だ。菅氏が実質的に取り仕切り、各省庁の審議官級以上の約六百人の人事を操る。
かつて「最強官庁」と呼ばれた財務省も例外ではない。一五年七月、財務事務次官に就いたのは、第一次政権で安倍晋三首相の秘書官を務めていた田中一穂(かずほ)氏。同期が三代続く異例の人事に、首相周辺は「総理が田中を絶対、次官にすると言っていた」と明かす。
安倍政権下では、財務省が推す消費増税が二度、延期された。首相周辺は漏らす。「人事を握られた財務省に力はないよ。もう官邸に屈している」
かつての官僚主導の政治は、省益優先の縦割り行政との批判を浴びた。国益優先の政治主導への転換を進める中で、今度は強すぎる官邸の負の側面が顔をのぞかせるようになった。
国家戦略特区による加計(かけ)学園の獣医学部新設でも、官邸からの圧力が取り沙汰されている。当時、文部科学事務次官だった前川喜平氏は、和泉洋人(いずみひろと)首相補佐官から呼び出され「総理が自分の口から言えないから、私が代わって言う」と、早期対応を迫られたと証言する。
その前川氏も次官時代、官邸主導人事の洗礼を浴びた。「官邸から幹部人事を差し替えろというのはままあった。官邸の了解が必要ない課長クラスでも『あの人物を処遇しろ』とか『外せ』と指示された」と振り返る。
官邸の指示は官僚人事だけにとどまらない。前川氏によると、一六年夏、文化功労者を選ぶ審議会の選考委員について、杉田和博官房副長官に候補者リストを示したところ、一週間後、「この二人は差し替えて」と突き返されたという。
二人のやりとりについて、菅氏は会見で否定しているが、前川氏は「一人は安全保障関連法に反対する学者の会におり、もう一人は雑誌で政権に不穏当なことを言っているからだと杉田氏から直接聞いた」と語る。
官邸の意に沿わない官僚を排除するとなれば「霞が関」は萎縮する。今の官邸と官僚の関係を「ヘビににらまれたカエル」と例える。
国会の閉会中審査で獣医学部新設を巡る論戦が交わされた翌日、東京・永田町にある庁舎七階の一室で、特区を担う内閣府地方創生推進事務局の異動職員の送別会が開かれた。
野党の追及に対し、特区手続きの正当性を主張し続けた幹部の一人は、もの言えぬ官僚の心境をにじませ、自嘲気味にこう語ったという。「どれだけヤジが飛んでも平気で答弁できるようになりました」
参院の閉会中審査で、文科省の前川喜平前事務次官の前を通る菅官房長官=7月10日 |
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