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長野

憲法の岐路(上)

2017年10月19日 紙面から

 二十二日投開票の衆院選で、少なくとも五つの政党が憲法改正を公約に掲げて選挙戦を繰り広げている。憲法改正に向けた運動が県内でも進む一方、全国最多の満蒙(まんもう)開拓団員を送り出した歴史などから懸念の声も根強い。憲法を取り巻く動きや改憲に対する思いを二回に分けて紹介する。

◆国民投票見据え署名集め 日本会議、国民の会

 「この道を。力強く、前へ。」。安倍晋三首相が前方を見据えるポスターが貼られた県神社庁の事務所。屋外に掲げられた別のポスターは着物姿の女性がほほ笑み、こう呼び掛けている。「国民の手でつくろう美しい日本の憲法」

 誇りある国づくりを掲げる保守系団体「日本会議」と関係がある「美しい日本の憲法をつくる国民の会」のポスター。この国民の会が今年五月に都内で開いた集会では、安倍晋三首相がビデオメッセージを寄せ、九条を維持しつつ自衛隊を明記する改憲案を打ち出した。

 日本会議県本部事務局長の県神社庁参事(55)は「国民の会も日本会議も看板は違うが、県内でやってる人はほとんど同じ」と明かす。神社本庁関係の県内の神職全員が日本会議のメンバーになっているという。

 自民党は、二〇一二年四月にまとめた改憲草案で九条を大幅に修正し「国防軍」の保持を明記した。県神社庁参事は、日本会議が戦力不保持をうたう九条二項の変更を求めていたと指摘しつつ「(九条を維持して自衛隊を明記する案に)歩調を合わせるために妥協することは当然あり得る」と説明する。

 国民の会は一千万人を目標に憲法改正に賛同する署名を集めている。憲法改正が発議された後の国民投票を視野に入れ、そこで過半数を得ることを目指した取り組みだ。

 日本会議の各都道府県本部には署名の目標が示され、県内は約十万人。神社が境内で署名簿を置いたり、日本会議メンバーが知人に声を掛けたりして既に七万〜八万人分が集まったという。

 今回の衆院選でも、国民の会は県内の小選挙区に立候補した自民候補五人に推薦状を出している。県神社庁参事は「安倍首相でなければ改憲論議は進まない」と熱く語り、悲願達成に向け自民党の勝利を望んでいる。

◆戦争知る世代危ぐ

 憲法改正に向けた動きに、国家に翻弄(ほんろう)され辛酸をなめた戦中戦後の体験を持つお年寄りには危機感を抱く人もいる。

 「たくさんの人の犠牲の上にできた憲法だと考えたら、自分にとっては押しつけじゃない」。満蒙開拓団員として戦前に旧満州(中国東北部)へ渡り、戦後に帰還した松川町の農業仲田武司さん(83)は押しつけ憲法論に違和感を語る。

 旧満州では、敗戦後の逃避行で集団自決寸前に追い込まれ、中国人の長老に「死んではいけない。都会へ行きなさい」と止められ、死を免れた。交流のあった同級生は自決し、帰国できるまで食糧難や病気で亡くなる日本人が後を絶たなかった。数多くの遺体が無造作に土の穴に放り込まれるのを目の当たりにしたが「何も感じなかった」。自身も生き延びるのに必死だった。

 語り部として体験を伝える講演活動を今年夏に始めたが、戦争に無関心な若者が気がかりだ。「理屈で戦争はだめと分かっていても、体験していないと分からないのかな。若い人やお母さんたちに、しっかり考えて投票してほしい」と願う。

 戦時中に勤労動員で戦闘機の部品づくりなどを担った松本市の西村忠彦さん(87)は「民主主義的な政治とは本来、異なる意見を戦わせて、多くの市民が望む方向に向かっていくものだと思うが…」と現状に顔を曇らせる。

 旧制中学時代の先輩は自由な生き方を渇望しつつも、特攻隊員として海に散った。人命を軽視した危うさを今の北朝鮮情勢と重ね「世の中が歴史に学ぶことを忘れている。有権者が日本人として恥ずかしくない矜持(きょうじ)を示さなければいけない」と力を込める。

主な政党の公約

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