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福井

<混迷 衆院選ふくい2017>(中)民進 くすぶる不満 どう戦う

2017年10月6日 紙面から

◆急転直下の「希望」公認

 希望の党による急転直下の公認決定という民進党県連の「悲劇」は、トップの涙で幕を閉じた。「候補として担ぎ出したのに選挙まで持っていけず、心からおわびしたい」。五日の緊急幹事会後の記者会見で、県連代表の山本正雄は声を震わせながら、隣に座る野田富久に深く頭を下げた。

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 県連が1区の候補を野田に決めたのは、衆院解散翌日の九月二十九日。野田は福井市議と県議を三十年以上務めた地方政界のベテランで、国政進出は「全然考えていなかった」と明かした。それが一転したのは、自民党政権が疑惑や問題を抱える中、「政権交代の大きなチャンスを逃すわけにはいかない」との焦りだった。

 二〇一四年の前回衆院選で、民進党(当時は民主党)は1区の候補者擁立に失敗。山本は「候補を立てなかったことで党勢が弱体化した」と語る。2区で斉木武志の擁立が早々に決まる一方、1区は元防衛相の稲田朋美がいる注目区だけに「一度ならず二度までも不戦敗はできない」との思いは県連内に共通していた。

 野田は県連の選対委員長として擁立作業に奔走したが、九月下旬になっていずれも白紙に。最後は山本ら県連三役が野田自身に出馬を促し、野田は支援団体の連合福井が前向きな姿勢を示したことで決断した。精力的に支援者を回り、週明けの二日から毎朝、街頭で「政権交代」を訴え始めた。

 ところが、希望の党が四日発表した二次公認の名簿に載ったのは「鈴木宏治」だった。鈴木は一二年に民主党県議を辞めて日本維新の会から国政選挙に挑み、三度目の落選となった昨年の参院選後は維新前職の秘書を務めていた。

 解散風とともに、希望が鈴木を公認するとのうわさは流れていた。鈴木は民進を離党し、早くから希望に加わった細野豪志と親交があった。鈴木は周囲に、細野から打診されていることを明かしていた。

 希望の党主導で、東京から候補者を押しつけられた形の民進県連と連合福井。山本は「離党して維新へ行き、選挙戦で戦ったこともある」とまゆをひそめ、五日の幹事会でも「支援するしないは決めていない」と語った。

 一本化を求めた連合福井内にも、不満はくすぶる。候補者を探す中で野田は鈴木も検討したが、連合が難色を示したため断念していた。ある連合関係者は「個人的に嫌でも、結果が稲田勝利では意味が無い」と苦しい胸の内を明かす。

 衆院選公示まであとわずか。いばらの道となった候補者の選定は、大きなしこりを生みながらようやく決着した。が、政権交代という「大義」を掲げた保守王国での本当の戦いは、これから始まる。

 (敬称略)

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