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<しごとの現場から>TPP 「森のアイス」溶けた夢

2017年10月12日 紙面から

断ち切ったアテモヤの木のそばでミカンを栽培する石本慶紀さん=三重県紀宝町で

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 「攻めの農業」と銘打って国が進めてきた農産物輸出や生産者集約の構想が、岐路を迎えている。安倍政権の目玉施策の一つ、環太平洋連携協定(TPP)への参画も米国の離脱で先行きは不透明。国の方針を踏まえて対策を練ってきた農業関係者には疲れも見える。

 濃厚な甘さで「森のアイスクリーム」の異名を取る南国の果物アテモヤの姿はもはやない。今月上旬、枯れて黒ずんだ切り株に触れながら、三重県紀宝町の農家石本慶紀(けいき)さん(40)が肩を落とした。「TPPの騒ぎは何だったのか」

 三重県南部のミカン生産者の間で、県が推奨するアテモヤ栽培が始まったのは十五年ほど前。石本さんもハウス一棟を充てた。珍しさもあって評判を呼び、贈答用にソフトボール大の果実が二千円以上で売れた。市価が低迷するミカンに代わり、生計を支えてくれると期待が膨らんだ。

 そこに降ってきたのが関税撤廃をうたうTPP。アテモヤに似た果物バンレイシは東南アジアで大量に出回り、価格も安い。自由に輸入されれば競争に負ける可能性がある。石本さんはTPPを「国益にかなう」と強調する安倍晋三首相の姿を見て、発効は不可避と確信した。

 果樹は育成に歳月がかかり、長期の経営視点が不可欠だ。「確実に収益が上がるミカンを栽培した方がいい」。石本さんは迷った末、昨年初めにアテモヤの木にノコギリを入れた。太く育った幹はあっけなく地に落ちた。

 だが、事態は思わぬ方向に進む。一月に就任したトランプ米大統領はTPP離脱を表明し、日本の政治家と省庁は右往左往した。石本さんは「TPPの掛け声ばかりで、次善の策は考えていなかったのか」と農業政策への不信を募らせている。バンレイシの来襲はいまだにない。

 政府の「農林水産業・地域の活力創造プラン」は輸出額を二〇一九年までに一三年ごろの約二倍の一兆円まで高め、農業・農村全体の所得も将来的に倍増させる計画。生産者の集約が前提で、安倍首相も「大規模化を進める」と国会で表明している。

 紀宝町を含むJA三重南紀では五年ほど前からミカンの輸出を始め、東南アジアでは日本の三倍近い値が付くようになった。一方、足元ではミカン取扱量が七千トンと、ここ十年で半減。六十五歳以上が人口の四割に達する地域だけに、生産体制を集約する前に担い手がいなくなりつつある。

 石本さんは「多くの政治家が農業政策を声高に訴えるが、実は課題そのものをよく分析できていない」と語る。

 (小柳悠志)

 <環太平洋連携協定(TPP)> アジア太平洋地域で世界のGDP(国内総生産)の約4割を占める「一つの経済圏」を構築する試み。関税撤廃や知的財産保護などのルールを定めようと、日本、米国、オーストラリア、マレーシアなど計12カ国が2015年10月に大筋合意した。17年1月に米国が離脱表明し、現在は11カ国で協定発効を目指して協議を進めている。

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