紙面から(パラリンピック)

障害者スポーツ、普及を メダルの数より大切なこと

 会場はいつも歓声で揺れていた。手をたたき、大声を上げ、時に踊る。競泳の場合、最も大きな地響きがしたのは地元ブラジル選手がゴールする時。次は、国を問わず、大きく遅れた最終泳者がゴールするまでの間だった。

 低調さが心配されたリオデジャネイロ・パラリンピックは大いに盛り上がった。ノリの良い音楽や実況アナウンスが一役買っていたが、何よりも観戦の楽しみ方を知っているカリオカ(リオっ子)たちの明るさ、温かさによるものが大きい。自転車選手の悲しい事故がなければ、最も成功した例に数えられたかもしれない。

 日本勢の金メダルはゼロに終わった。スポーツである限り、勝つことは目標だが、パラリンピックはそれが全てではない。歴史をひもとけば、戦傷兵士の治療の一環で始まった。競うことでやる気を高め、リハビリ効果が上がり、競技性が強まった。

 テレビ中継などを通じ、多くの人が障害者の能力と可能性に心を打たれたとすれば、パラリンピックの大きな功績だ。メダルを取れば、選手も応援している人も盛り上がる。

 ただ、障害者とスポーツの関係は矛盾を包含する。容赦ない競争と、それとは無縁でも個性を重んじなければいけない価値観とがせめぎ合う。だから、自らの限界に挑んだ上で敗れ、「力が及ばず、申し訳ない」と語る選手の姿を見るのは悲しかった。

 東京大会に向けて国内選手の強化策などが取り沙汰されるだろう。メダルを増やすこと以上に、障害者スポーツの裾野を広げることに主眼を置かなければならない。スポーツにとどまらず障害者を取り巻く環境は発展途上であり、選手育成に絞った対策だけでは不十分で、五輪とは違った視点が求められる。

 今大会を通じて、日本に足りなかったこと、リオから学ぶべきことを一つ一つ精査し、四年後に生かしてほしい。その時、バリアフリーの社会がきょうよりも成熟していて、その結果、メダルが増えるのならば素晴らしい。勝者にも敗者にも惜しみなく送られたカリオカの歓声が心地よく耳に残っている。

 (本社パラリンピック取材団キャップ・村瀬悟)

※ご利用のブラウザのバージョンが古い場合、ページ等が正常に表示されない場合がございます。