紙面から(パラリンピック)

悔しさバネ「東京で金」 正木健人選手

 一本を取った後、込み上げる涙を道着で拭った。銅メダルを決めたからではなく、金を逃した悔しさ。柔道100キロ超級の正木健人選手(29)=エイベックス=は前回ロンドン大会の覇者。二〇二〇年東京大会に向け「悔しさをばねにして金を取りたい」と誓った。

 三位決定戦で、イラン選手を払い腰で押し倒し一本勝ち。立ち上がった正木選手は両膝に手を置き、畳を見つめた。表彰台でもガッツポーズはしなかった。「金メダルを取ると豪語してきたのに、取れなかった。支えてくれた人たちに申し訳ない」

 二年前の国際大会で右膝をひねり靱帯(じんたい)と半月板を損傷。療養で体重はベストを二十五キロ上回る一七〇キロまで増えた。膝への負担が増し、さらに悪くなるという悪循環で、練習もままならなかった。東京大会の開催が決まったことで、リオ大会にかつてない注目が集まる中、連覇へ向けた周囲の期待だけが高まっていた。

 六月、自らを奮い立たせるように「優勝という結果だけを求めている。そうしないと何も始まらない」と記者に語った正木選手。強気の言葉と裏腹に「(本格的に練習できるようになったのは)今年に入ってから。というか、今から」と話す姿は、心中の不安を表しているようでもあった。練習と食事制限で減量に成功し、何とかベスト体重で本番を迎えた。

 しかし、膝には痛みが残っていた。トルコ選手相手の初戦は開始早々の16秒、払い腰で一本勝ち。準々決勝も英国選手を払い腰から横四方固めに持ち込んで一本勝ちし、前回王者の貫禄を見せた。だが、ウズベキスタン選手との準決勝は、開始7秒で大外刈りをかけられ、あっけなく一本負け。会場は静まり返った。

 「何であんなに不用意に負けてしまったのか」と放心状態になったが、「最後で勝たないと、柔道家ではない」と周りから諭され、気持ちを高め直して三位決定戦に臨んだ。

 先天性の弱視は二十歳を過ぎて悪化。柔道で進んだ天理大を中退して進んだ徳島県立盲学校で視覚障害者柔道に出合う。「(組んだ状態で始まる)パワー勝負は視覚障害者柔道の魅力でもある。地力をつけて、どんな相手も投げられるようにしたい」と語った。

 (荘加卓嗣)

※ご利用のブラウザのバージョンが古い場合、ページ等が正常に表示されない場合がございます。