紙面から

<リオ賛歌> 人生そのもの表れる五輪

 レスリング女子53キロ級で五輪4連覇を目指した吉田沙保里選手の決勝の後、取材エリアで待っていました。敗戦し、涙を流して来た彼女は、私の肩に頭を埋めて「ごめんなさい」と言うばかり。勝たねばならないという重圧をこれほど背負っていたのかと胸がいっぱいになり、試合のことを聞かなければいけないのに言葉になりませんでした。

 彼女から以前に「みんな勝つのが当たり前だと思っていたかもしれないけど、結構、私もギリギリなんだよ」という言葉を聞いたことがあります。そんな思いも抱えた中で4連覇を目指し、心と体を仕上げ、よくここまで戦ってくれたと思いました。

 吉田さんほどではありませんが、私も勝って当然と思われた時期があり、2位で惨敗と言われました。ただ人生を振り返った時、負けた経験が後に生きていることが多いです。敗者の気持ちも分かるし、助言するにも「私もこうだった」と言えます。競技を続けるかどうかは別にして、あの経験が大きかったと笑える日が来てほしいです。

 あらためて感じたのは、勝っても負けても感動を与えられるのが五輪だということ。その場の勝ち負けではなく、4年の歩み、人生そのものが表れる。だからこそ多くの人の心を震わせるのでしょう。

 南米初の五輪が幕を閉じました。日本は過去最多のメダル41個を獲得し、バドミントン女子ダブルスの金メダルなど、史上初という言葉を何度も聞きました。3年前に2020年東京五輪開催が決まって以来、多くの競技が強化を進めてきました。今、日本のスポーツの一番の変革期にあるのかもしれません。

 もちろんリオに懸けてきた選手もいますがこの3年で若い選手の気持ちが大きく変わりました。その若手をベテランがうまく導いてくれました。レスリングの吉田選手や伊調馨選手、体操男子個人総合で連覇を果たした内村航平選手らの競技の取り組み方、勝ちへのこだわり、周囲への感謝などの「心の伝統」が、リオで引き継がれたのではないでしょうか。

 開幕前は治安や環境の不安が話題になりました。ボランティアや厳重な警備をする方々から、何とか成功させたい思いが伝わってきました。日本では寝不足になった方も多いかもしれませんが、皆さんと選手が心を一つにできた大会だったと思います。五輪は、世界中から注目される祭典だとあらためて感じました。

 次は東京です。この感動を間近で味わえる日に向け、選手だけでなく支える人、応援する人、日本全国のみんなで成功に導きましょう。

 (シドニー五輪女子マラソン金メダリスト、本社客員・高橋尚子)

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