スポーツの原点回帰を
閉幕日のリオの夜は荒れていた。風が吹きすさび、横なぐりの雨も。肌寒さに身震いをして、ああ、そういえばこの地は冬だったと思い出す。五輪は大抵が北半球の祭りだ。南米で初めての大会、冬にあった夏の大会は肥大化し、商業主義がはびこる五輪の価値と矛盾をあらためて問うた。
「五輪には誰にとっても普遍的な一つの法則がある。全員が平等であり、人類愛を共有する価値はわれわれを分断する力より強い」。リオ五輪の開幕にあたり、五輪を平和の祭典という原点へ立ち戻すべきだと訴えたのは国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長だった。
その会長の発案で初めて参加した難民選手団は大きな注目を浴びた。「難民だって夢を成し遂げられる」。シリアからの難民で、競泳女子に出場した十八歳、ユスラ・マルディニが見せた花のような笑顔はメダル争いとは異なる五輪の価値を確かに想起させた。
世界を見回せば、テロの脅威は広がり、各地で紛争は絶えない。平和な世界へ、五輪が果たせる役割は大きくはないが、おそらく無力でもない。
開幕の直前、ファベーラと呼ばれるリオの貧民街で出会った十歳の少年のことを思う。旅行者にダンスを見せて、小銭をもらっていた少年だ。正直、あまり上手とはいえないが、踊っている彼の顔が実に楽しそうだったのは、じきにもらえる小銭のことを想像していたからだとは思えない。
スポーツの語源は楽しみ、遊びなどを意味するラテン語だという。そこには国境や貧富の差にしばられない普遍的な価値がある。それを世界中で共有する舞台が五輪ではないか。リオ大会はそんなことを考えさせてくれた。
リオで日本選手団は過去最多の四十一個のメダルを手にした。体操個人総合で連覇を果たした内村航平の金色の笑み。一方で、四連覇を果たせなかった女子レスリング、吉田沙保里の銀の涙もあった。柔道などでもしばしば見られたが、メダルを手にし、なお謝罪する選手たちがいるのは、五輪の価値を取り違えた私たちがそれを強いているから、かもしれない。
リオデジャネイロ。ポルトガルの探検家が名付けた「一月の川」を意味する街での五輪が終わった。ここで生まれた小さな波紋はやがて「東京」へとたどり着く。よどませてはならないと思う。
(本社五輪取材団キャップ・酒井和人)