紙面から

それでも、サオリがいちばん みんなのために闘い続けた娘

 まさかの敗戦に、涙が止めどなく流れる。リオデジャネイロ五輪で十八日(日本時間十九日)、五輪四連覇のかかったレスリング女子53キロ級の吉田沙保里選手(33)は決勝で敗れた。続く同63キロ級の川井梨紗子選手(21)は、その無念を晴らすように金メダルを初めて獲得。新旧女王を支えてきた母たちは、この日のために戦い続けてきた娘をねぎらい、そっと抱き締めた。

◆よう頑張ったねぇ

決勝を終えた吉田沙保里選手(中)を抱き締める母幸代さん(右)と兄栄利さん=18日、リオデジャネイロで(今泉慶太撮影)

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 「霊長類最強女子」と呼ばれる娘が目の前で泣きじゃくっている。吉田沙保里選手が手にした銀メダル。ふつうなら喜んでいい。でも、日本中から当然のように五輪四連覇を期待されている日本選手団の主将。いったい、どれだけのプレッシャーと闘っていたのか。母幸代さん(61)は娘をそっと抱き締め、何度も言った。「よう頑張った、本当によう頑張ったねぇ」

 娘がときどき弱気を見せるようになったのは昨年九月の世界選手権の後からだ。優勝したものの決勝で大苦戦。「カウンターが怖くて、相手の懐に飛び込めなかった」。ふとそんなことを漏らした。身体だけじゃなく、闘う心も衰えているのではないか…。五輪が近づくにつれ、そんな不安を募らせているように思えた。

 幸代さんは、五輪はロンドンで最後と思っていた。結婚に出産、家庭を営む幸せも感じてもらいたい。もう、レスリングなんて苦しい道を進まなくてもいい。

 一昨年には吉田家の大黒柱だった夫栄勝さんがこの世を去った。敗れたとき、娘を奮い立たせる父親はもういない。リオを目指すという娘をどう支えるか。せめて家族みんなで一番近くで応援しようと決めた。

 これまで幸代さんは応援に駆けつけても、マットから遠い会場の隅の方で見守るのが常だったという。が、今回はスタンドの最前列に座り、目の前で娘を見つめ続けた。

 アテネ五輪での初めての金メダルから十二年。国民的ヒロインとなった吉田選手は「自分のためじゃなくて、人のためにも頑張ろう」とよく話してきた。この日のスタンドには、その背中を追ってきた後輩たちがずらり。前日の金メダリスト、登坂絵莉選手は敗戦が決まると、五分以上、うつむいたまま涙を止められなかった。

◆私の宝で誇りです

 幸代さんは試合後、取り囲む報道陣にこう話した。「負けましたが、立派な銀メダル。娘は私の宝で誇りです」

 (植木創太)

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