紙面から

「お母さんが助けてくれた」 伊調、天国に届いたV4

五輪4連覇を達成し、母トシさんの遺影を見る伊調(共同)=17日、リオデジャネイロで(内山田正夫撮影)

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 「最後はお母さんが助けてくれたと思います」。残り3秒の逆転劇で、女子として前人未到の五輪四連覇を果たした伊調馨は打ち明けた。「こんなに、天井を見つめた五輪は初めてかもしれない。見ててね、いい試合するね、と母としゃべってから試合をした」

 二〇一四年十一月末。青森県八戸市の実家から娘の活躍を見守ってきた母トシさんが、六十五歳でこの世を去った。早朝、ごみを出しにいった玄関先で倒れ、そのまま。何の前触れもない別れだった。

 「勝ちにこだわる母だった」。レスリングを始めて間もないころ、ある大会で男子の面構えにおびえて不戦敗を喫した時は、その相手以上の形相で叱りつけてきた。成長して国際舞台で戦うようになると、気遣う周囲をよそに娘の勝利を常に信じていた。「どの五輪でも、観客席で一番どっしりしていた」

 北京五輪後、姉の千春さん(34)とともに引退を考えた女王の心をマットに押しとどめたのも母だった。「『戦う姿が見られなくなるのは寂しい』と言われた。私のレスリングを見て楽しんでくれている。その言葉は重かった」

 告別式から約二週間後、伊調はふらりと出稽古先の警視庁の練習場に帰ってきた。指導するアテネ五輪男子フリースタイル55キロ級銅メダリスト、田南部力さん(41)は「自分のレスリングにこだわっていた馨がこの時を境に、勝ちたいと思う気持ちを前に出してきた」。そこから一週間ほど後に行われた全日本選手権にも出場し、いつものように優勝した。

 今年一月の国際大会で、不戦敗を除いて十三年ぶりとなる黒星。東京の自宅のタンスの上に飾っている遺影の横に銀メダルを置き、毎日水を替えながら考えた。「最初の一言は『バカ』と言われるのかな。結局は励ましてくれると思うけど」。これまで獲得した幾多の金メダルを、目につく場所に飾ったことはない。久々に喫した負けの意味を母とともに探しながら、四連覇が懸かる舞台に備えてきた。

 「五輪は自分が今までやってきたことを出す場所。その時にできる一番いいレスリングを見せたら、喜んでくれると思う」。試合内容には満足いかなかったが、金メダルを手にした。伊調はまた母につぶやいたという。「いい試合できなくてごめんね。そして、ありがとう」

 (鈴木智行)

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