紙面から

仲良しライバル白熱 奥原選手VS山口選手

バドミントン女子シングルス準々決勝 試合を終え握手する奥原希望(右)、山口茜両選手=16日、時事

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 互いを知り尽くした二人だからこそ、一歩も引かなかった。日本人選手の直接対決となったバドミントン女子シングルス準々決勝で、奥原希望(のぞみ)選手(21)=長野県大町市出身=が、後輩の山口茜選手(19)=福井県勝山市出身=に貫禄勝ちし、ベスト4に進んだ。

 三学年差の二人はタイプの違う良きライバル。ストイックに自分を追い込む奥原選手は「強気なのが私」と闘志を隠さず、山口選手は「バドミントンを楽しむことが大事」とひょうひょうと語る。

 “元祖”天才少女の奥原選手は二〇一一年、高校二年で日本一に。当時から国際大会にも参戦した。日本女子の新時代を切り開く姿に影響され、山口選手は「世界で戦うのは当たり前のことなんだ」と高い意識を芽生えさせた。

 その奥原選手が膝の故障で長期離脱した一三年、山口選手が表舞台に立った。国際大会「スーパーシリーズ」で全種目を通じた日本勢初優勝を果たすと、翌年には高校二年で日本一。本人は「日本を背負っている気持ちはなかった」と淡々としていたが、リオや二〇年東京五輪の星として注目を集めた。

 これに、今度は奥原選手が刺激を受ける。復帰後も「エースは茜ちゃん」と言い続けたが、昨年九月の国際大会で直接対決を制し、「私がエース」と自信を回復。今年三月には最も権威のある全英オープンで日本人選手として三十九年ぶりに優勝するなど、世界のトップ選手に仲間入りした。

 共通項は「負けず嫌い」くらい。それでかえってウマが合う。遠征先では同部屋になることが多く、たわいのないことを話したり、ゲームに興じたり。今春の沖縄合宿では厳しいトレーニングで寝込んだ山口選手を、奥原選手が介抱したこともあった。

 リオの選手村でも同部屋の二人。試合後はネット越しに握手し、健闘をたたえ合った。奥原選手が「茜ちゃんがすごく強くて、私も力を出し切れた」と言えば、先輩から第一ゲームを奪った山口選手も「最初から全力で行こうと思ったので悔いはありません」。四年後の東京五輪は、決勝で相まみえることができるか。若きライバルの物語は続く。

 (井上仁)

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