紙面から

父との約束 母は誇りに 柔道躍進親子の絆

スタンドから声援を送る山部佳苗選手の父徳一さん(右)と母苗美さん=12日、リオデジャネイロで(佐藤哲紀撮影)

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 絶対にメダルを持って帰る。リオデジャネイロ五輪第八日の十二日(日本時間十三日)、女子78キロ超級の山部佳苗選手(25)が大外刈りの技ありで銅メダルを決めた裏には父との、ある約束が−。男子100キロ超級で王者と堂々渡り合った原沢久喜選手(24)は、母にささげる銀メダルとなった。

◆病床の誓い届けた銅 山部選手

 「リオデジャネイロ五輪に出る。だから…」。山部選手が、刑務官の父徳一(のりかず)さん(56)に宣言したのは、出場を逃したロンドン五輪の開幕直前、二〇一二年六月下旬のことだった。こう続く。

 「だから、元気になって」。故郷、札幌市内の病院の集中治療室(ICU)。柔道七段、今につながる柔道の基本をたたき込んでくれた父が、心筋梗塞で生死の境をさまよっていた。「佳苗の、海外の試合を見に行きたかったなあ」。小さな声を絞り出した父に掛けた、精いっぱいの言葉だった。

 後に、山部選手は「あれはICUの中、限定の言葉だよ」と照れ笑いでごまかすようになったが、父は心底からの言葉だと信じてきた。

 「しょっちゅう『私は大した選手じゃない。柔道やめたい』なんていいやがる、自信家とは程遠い」。徳一さんは娘をそう評する。実際、リオへの道中でも弱気の虫は顔を出した。代表選考の対象だった二月の国際大会ではガチガチに硬くなり初戦敗退。ライバルの田知本愛(めぐみ)選手(27)=70キロ級金メダルの遥選手(26)の姉=が優勝し、大きな差をつけられた。

 奮起の源になったのは、あの言葉を隣で聞いていた母苗美さん(58)がぽつりと漏らしたひと言。「お父さん、約束、忘れてないわよ」。四月、全日本女子選手権決勝で田知本選手を破り、逆転でリオ行きの切符をつかんだ。あの時よりはずっといいが、徳一さんの体調は今も万全ではない。それでも無理を押して空路三十時間、「必勝」と大きく書かれた日の丸を持って地球の反対側まで駆けつけた。

 「佳苗、しっかり持って」「仕掛けろっ」。トレードマークの赤いメガホンで叫び、拳を振る。「宣言以上」の銅メダルを見届けた父は、泣き笑いで言った。「死ななくてよかったあ。まあ、死ぬほどうれしいけど」

◆輝く銀 晴れやか 原沢選手

銀メダルに輝いた原沢久喜選手を、スタンドから祝福する母の敏江さん=12日、リオデジャネイロで(共同)

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 「ちょっと及ばなかったですけど、ほとんど金メダルと同じです」。「絶対王者」を指導一つの差まで追い詰めた原沢選手を、母敏江さん(54)はそう言って、たたえた。

 地元・山口県下関市の後援会から受け取った寄付金で妹結衣さん(22)とともにスタンドに駆けつけ、「世界に輝け」と書いた日の丸を振って応援。フランスのリネール選手にわずかの差で敗れた瞬間、歯を食いしばって少し悔しそうにしたが、すぐに笑みをつくった。

 十五年前に離婚し、早朝から夜まで介護の仕事をしながら女手一つで育てた息子が、一九一センチ一二五キロの大男になった。試合前に「メダルの重圧につぶされるな。でも油断大敵」とメールを送ったという。「見事に応えてくれた。決勝も、もしかしたら勝てるかも、と思わせてくれるくらい強かった」。晴れやかで誇らしげな表情だった。

 (中野祐紀)

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