紙面から

最強の敵は最大の友

競泳男子400メートル個人メドレーで金メダルを獲得し、笑顔の萩野公介(右)と3位の瀬戸大也=6日、リオデジャネイロで(今泉慶太撮影)

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 ゴールにタッチした瞬間、萩野公介は思った。「一人じゃないんだ」。男子400メートル個人メドレーで日本勢初の金メダル。脳裏には、関わった多くの人の顔が浮かぶ。その中には二コース隣の同学年、銅メダルの瀬戸大也がいた。「大也がいなかったら、僕はここにいない」。六十年ぶりに日本人二人が上った表彰台で、最強の敵であり最大の友と抱き合った。

 昨年六月末、萩野は右肘を骨折。八月の世界選手権(ロシア・カザニ)欠場を余儀なくされた。そこで瀬戸が二連覇を飾ったレースを、日本にいた萩野はテレビで見ることができなかった。

 「ライバルは自分」とベストタイムとだけ闘ってきた孤高の天才は、小学校時代は圧倒していた瀬戸に中学で初めて敗れた。じわりじわりと近づいてくる存在に戸惑い、恐れ、向き合うことを拒んだ。

 萩野を指導する平井伯昌コーチは、瀬戸を「レース巧者。自分の気持ちをだんだん盛り上げていく。そうすると相手が崩れていく」と評したことがある。子どもの頃から背中を追い掛けてきた萩野と泳ぐ時、瀬戸は決まって「公介に負けたくない」と言う。勝ちたい相手を意識し、そのための泳ぎに徹する。瀬戸の「勝負強さ」に対する平井コーチの称賛は、同時に萩野への叱咤(しった)だった。

 区切られたコースを泳ぐ競泳だからこそ、ライバルの存在は不可欠。ストレートな思いが勝利への原動力となる。お互い、倒さなければ世界一にはなれない。瀬戸のように、萩野もまた真正面からライバルと対峙(たいじ)する覚悟を固めた。

 四月の日本選手権、そして三連敗中だった五月のジャパン・オープンでも瀬戸に勝利。勝負へのこだわりを強め、五輪本番も完勝で金メダルをつかみ取った。

 二位のチェース・ケイリシュ(米国)を含めて表彰台に上がった三人は、くしくも同じ一九九四年生まれ。四年後は円熟期を迎える。

 萩野は、「東京五輪でも、また大也と競りたい。もっともっと強くなって、いいレースをしたい」と目を輝かせる。新たな物語が始まった。(リオデジャネイロ・高橋隆太郎)

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