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総合

<現場から>「科学立国」研究者の苦悩

2019年7月19日

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 日本の研究力低下が指摘されている。一因とされるのが、国立大に国が安定的な資金として配る運営費交付金の削減だ。この15年で1割以上減る中、大学は人件費や基礎的研究費を削り、若手を中心に任期付きの不安定な雇用を増やした。参院選の最中、関係者からは「科学立国」の名にふさわしい、長期的な研究に取り組める施策を求める声が上がる。

 「自分の研究を続けていけるのか。これから先、どうなるのか」。東海地方の国立大で特任准教授を務める女性研究者(44)は、教官室でため息をついた。

 若手研究者に多い「特任助教」「特任准教授」のほとんどは、プロジェクトごとの任期付きポストだ。女性は医療系の学部で障害者福祉を二十年以上研究。博士研究員を経て、五年任期の現職に就いた。日中はプロジェクトの業務や教育に追われ、自身の専門分野を掘り下げる時間はほとんど確保できない。

 国立大の教育や研究環境を支え、大学の裁量の大きい運営費交付金について、国は「選択と集中」の方針を掲げ削減を始めた。二〇〇四年度には一兆二千四百十五億円あったが、一八年度は千四百四十四億円減の一兆九百七十一億円に。代わりに研究テーマを審査して研究費を支出する競争的資金を増やしてきた。

 「運営費交付金の削減により、多くの国立大は人件費を削るために教員の数を減らし、競争的資金で若手研究者を不安定な任期付きポストで雇うようになった」。元三重大学長で現鈴鹿医療科学大学長の豊田長康さん(69)は危機感を募らせる。「若者が夢を持って研究職を選びづらい状況で、今後さらに研究力は下がる」

 影響は人事面だけではない。女性研究者は、競争的資金の代表格の科学研究費助成事業(科研費)を申請しても「自分の研究テーマは、今のはやりではなく採用されない」。他大学との共同研究で入る年間四十万円でしのぎ、実験機器はレンタルして使う。

 「良い職が少なく、このままでは若手は海外に流出してしまう。日本人のノーベル賞なんて出なくなる」と語るのは、開発途上国の人々に対する法整備支援を研究する名古屋大の特任助教、高橋麻奈さん(35)。やはり三年の任期付きだ。

 実際に日本を出た人も。中国の福建農林大の古谷将彦教授(41)は二年前、名大の特任助教を辞めて海を渡った。別の国立大で任期付きの職を終え、ようやく決まったポストだったが、研究室を主宰して自分のテーマに専念できる環境を選んだ。今は機器や試薬のお金に困ることもない。子どもの将来を考えると帰国したいが「日本で今のようには研究できない」と話す。

 苦しいのは若手だけではない。中部地方の国立大で理系の学部に所属する男性准教授(51)も、ここしばらく科研費が取れていない。研究室の運営費はこの二十年で半分以下に。「最近は研究職でなく教育職と割り切っている」と明かす。

 参院選で各党は、科学技術振興や大学改革の政策を競い合う。これに対し、一四年に青色発光ダイオード(LED)の発明でノーベル物理学賞を受けた名大の天野浩教授(58)は研究現場の声を代弁する。「若手研究者が長期的に研究できない環境はつらい。国全体で若手や科学技術を支援してほしい」

 日本の研究力低下 「科学技術指標2018」によると、日本の自然科学系の論文数はこの10年で減少しており、国別の順位も中国やドイツに追い抜かれ、2位から4位に。注目度の高さで上位10%に入る論文に限ると、順位は4位から9位へさらに落ち込んだ。国内の博士号取得者の数は2014年度で約1万5000人だが、06年度をピークに減少傾向。人口100万人当たりの取得者数は14年度が118人で、08年度に比べ13人減。米国や英国、中国、韓国などでは増えている。

(芦原千晶)

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