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総合

<現場から>児相、命を守るとりで 虐待深刻化、人員増と対応力向上を

2019年7月14日

虐待を受けた体験があり、24時間児童虐待の電話相談に乗っている女性=愛知県内で

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 「お父さんにぼう力を受けています」「おねがい ゆるして」。家庭内虐待が疑われる深刻な事件が相次ぎ、命を絶たれた子どもたちが残した悲痛な言葉は社会に衝撃を与えた。与野党とも児童虐待対策に重きを置き、参院選ではさまざまな公約を打ち出す。ただ、自身の体験などから問題の深刻さを熟知する支援現場は「ただ人を増やせばいいというものではない」と安易な考え方を戒める。

 愛知県尾張地方の四十代の女性の脳裏には、三歳ごろに始まった父親からの虐待の記憶が今もはっきりと焼き付いている。

 お昼時になると、父が丼に山盛りにしたご飯を食卓に置く。幼児には食べきれない量だが、「残すなんて許されなかった」。夜遅くまで泣きながら我慢して食べ続けた。

 ほとんど仕事をしない父は、毎日遅くまでパチンコ屋に入り浸った。負けて帰宅すると、お決まりの殴る蹴るの暴行。包丁を突きつけて「殺す」と迫られたこともあった。近所の人や学校の先生は実態を知っていたが「家庭内のこと」と口を出そうとしなかった。中学まで耐え続け、高校卒業後に就職して家を出た。

 「自分と同じような経験をしている子どもたちを支えたい」。七年前、虐待防止の活動を始めた。被害児童の相談に乗ったり児童養護施設に生活物資を寄付したり。ささやかな取り組みを積み重ねてきた。

 SOSを発したい。でも家庭の外に届かない。三十年以上前の自分の経験と最近の被害相談を照らし合わせると、被害児童の前に同じ構図が依然として横たわることに気付く。貧困家庭の増加や核家族化で「周りの目が届かなくなり、児童虐待はより深刻化している」と痛感する。

 ここ数年、相次いだ深刻な虐待事件では、児童相談所の対応ぶりが批判にさらされた。政府は、二〇二二年度までに児童福祉司を二千人増員することを決定。参院選でも与野党問わず、児相強化や関係機関の連携強化などを掲げる。

 女性はこうした動きを歓迎する。ただ、それだけで状況が好転するとも思っていない。虐待されている子どもと接していると、いつも同じ服を着ているなど何らかのシグナルがある。「小さな異変を察知して、行政が積極的に関わってほしい」と願う。

 「通常の役所の人事異動に組み込まれてしまい、職員の専門性がなかなか育たない」。児童相談所の構造的な問題を指摘するのは、保護シェルターや電話相談を通して被害者を支援するNPO法人「CAPNA」(キャプナ)理事の岩城正光(まさてる)さん(64)だ。

 名古屋市の副市長を経験し、行政組織の実態に精通する岩城さんは「児相の専門性をいかに高めるかが大切。県ごとに職員のレベルにも差があり、全国一律の研修を行うなど対応力の底上げが求められる」と提言し、付け加えた。「子どもの命を最後に救えるのは、現場の人材しかいないんだ」

 (石井宏樹)

 <児童虐待> 厚生労働省によると、保護者が児童に対して、身体的、性的、心理的に虐待をしたり、食事を与えないなどの育児放棄をしたりすることを指す。昨年3月には、東京都目黒区で女児=当時(5)=が父から暴行を受けて死亡。今年1月には千葉県野田市で小学4年の女児=当時(10)=が父親から冷水シャワーを浴びせられるなど暴行を受け、その後死亡した。いずれも児童相談所や学校が虐待を把握しながら救済につなげられず、社会問題となった。6月には児相の介入機能強化などを盛り込んだ改正児童虐待防止法・児童福祉法が成立した。

主な政党の公約

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