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総合

<現場から>保育士も園も足りない 「無償化のお金あるなら…」

2019年7月10日

保育士の負担増加が深刻化している保育園=三重県鈴鹿市の「ぐみの木ほいくえん」で(大橋脩人撮影)

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 幼児教育・保育の無償化が十月から始まる。二十一日投開票の参院選では与党が推進を掲げ、野党の公約にも明確な反対は見当たらない。しかし、保育の現場に足を運ぶと、無償化よりもまず待機児童の解消や保育士の待遇改善を求める切実な声が相次いだ。

 木造園舎の庭で、はだしの子どもたちが泥だらけで駆け回る。三重県鈴鹿市の認可保育園「ぐみの木ほいくえん」は、市の基準より多く保育士を配置し、子どもにおむつをさせず、和食中心の給食にするなど保育にこだわる人気の園だ。

 しかし、最近は人手不足に悩む。昨年度に保育士が五人退職したため、本年度は一時保育の受け入れ人数を一日当たり五人ほど減らさざるを得なかった。「需要は多いが、人のやりくりが難しい」と運営する社会福祉法人の山中幹雄理事長(67)。ハローワークに求人票を出しても、応募の電話はかかってこない。

 六月にも保育士(41)が苦渋の決断で園を去った。キャリア二十年で手取りは月約十七万円。家賃三万円台のアパートに住み、お風呂はシャワーで済ませる。他園で事故が起きるたびに安全対策が問題視される。散歩やプールで神経をすり減らし、園児に「気を付けて」と注意することが増えた。「そんな自分が嫌になった」

 「給料を上げてあげたいが、原資がない」と山中理事長は苦悩する。限られた委託費で人件費などを賄うため、人を手厚く配置すれば、一人当たりの給与が縮小する。「無償化のお金があるなら、保育士の待遇改善に回して」

 「保育を考える全国弁護士ネットワーク」共同代表の川口創弁護士は、保育士の全国有効求人倍率が二・二九倍(五月)と高水準で推移していることを踏まえ「保育士が足りない状況で無償化すれば、子どもを預けたい世帯が増え、待機児童はさらに増える」と予測する。

 その上で「待機児童を解消するため、自治体が基準を緩和してさらに多くの子どもを受け入れる詰め込み保育が進む。結果として職場環境が悪くなり、保育士の離職が加速する悪循環になるのでは」と危惧する。「希望する全ての子に質の良い保育を提供することが先決。無償化を優先する国の姿勢には、子どもの視点が欠けている」

 保護者からも無償化に対する懸念の声が聞かれる。名古屋市で一歳の長女を育てる妊娠中のパート女性(33)は二月、認可保育園の選考に落ちた。小規模保育事業所に預けることができたが、二歳児までなので、生まれてくる子の分と合わせて保育園を探す予定だ。再度の「保活」を前に「無償化で、もっと入りにくくなるかも」と心配する。

 無償化制度では、最初の五年間に限り、基準を下回る認可外施設を対象に含めているが、女性はこの点にも強い違和感を覚えるという。参院選の各党の公約などを時々ニュースで見るたびに願う。「どこでもいいから預けたいというわけではない。安心して子どもを預け、長く仕事が続けられる環境が欲しい」

 (今村節)

 <幼児教育・保育の無償化> 消費税増税で得られる増収分を財源に、認可保育所や幼稚園、認定こども園の利用料を無料にする政策。5月に改正子ども・子育て支援法が成立し、10月から3〜5歳児は原則全世帯、0〜2歳児は低所得世帯を対象に無償化する。政府は対象者を年約300万人と見込む。認可外保育所やベビーシッター代は、上限額の範囲で費用を補助。認可外は原則、国の指導監督基準を満たすことが条件だが、施行から5年間は基準を下回る施設も対象。給食費や行事費は無償化の対象外で、保護者が実費を負担する。

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