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長野

<争点の現場から>(3)リニア関連整備 進まぬ移転、募る不安

2019年7月3日

リニア駅の建設が予定されている地域=飯田市上郷飯沼で

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 「きれいな水がなく、移転が決まれば、工房をたたまざるを得ないかもしれない」。飯田市上郷飯沼の創作染工房「久(ひさ)」で、伝統の型染めに今も打ち込む代表の中島久雄さん(66)は、険しい表情で話す。

 二〇二七年の開業を目指す東京・品川−名古屋間のリニア中央新幹線計画で、駅が設置される同市。リニア本線工事や約六・五万平方メートルの駅周辺整備、アクセス道路の新設などに伴い、中島さんの工房や自宅を含む約三百の民家や事業所が移転を迫られている。

 湧き水が豊富な飯沼地区は、江戸時代から「小紋染め」が盛ん。中島さんも父の代から続く職人で、県内で唯一「なっ染工」(型染め)の職人として信州ものづくりマイスターの認定を受ける。細かな幾何学模様の手染めは着物愛好者に根強い人気があり、高度経済成長期は同地区に五十〜六十軒の工房があったが、着物離れが進み、今は中島さんの工房を含めて二軒しかない。

 リニアのルートが工房や中島さんの自宅を通ることが判明したのは一三年。自宅は一キロほど離れた私有地に移転するが、工房については「きれいで豊富な水が確保できる移転先はなく、特注機械への投資も難しい」と諦め顔だ。いつまで続けられるか分からないため、製造する品目を着物からハンカチや風呂敷といった小物に切り替えるなど事業縮小も余儀なくされた。

木格子の屋根を設けて伊那谷らしさを表現する県駅北側広場のイメージ図(飯田市提供)

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 飯田市は本年度、移転する住民の代替地整備に本格着手。市議会六月定例会で初めて代替地の取得議案が可決され、来秋ごろから移転が可能になる。市側は「移転後も今の生活が担保できることが大切。不安がないよう、戸別訪問や説明会を重ねて一人一人に寄り添っていく」と強調する。

 中島さんによると、昨秋に立ち退き契約が完了する予定だったが、まだ補償金額が示されておらず、当初の計画より遅れているという。「もう六年たつのに移転先が決まっていない」とこぼす中島さん。現在の住宅と移転先の二重ローンになると頭を抱える若者もいるといい「一人暮らしの高齢者には、計画の遅れへの憤りと将来への不安で押しつぶされそうな人もいる」と地域の不満を代弁する。

 「伊那谷らしさが感じられる木格子の大屋根」「伝統芸能や食文化を発信し、伊那谷全域へいざなう空間」−。移転交渉の一方で、市による駅周辺整備の基本設計も着々と進む。南信州広域連合は今年一月、地元で盛んな航空機産業などの人材育成や研究開発までを一貫して行う国内唯一の施設を同市座光寺の旧高校跡地に整備。大規模なスポーツ大会もできるアリーナ施設の検討委員会も六月に発足した。

 品川−名古屋間開業の経済効果が一八〜三七年度に県内で二兆一千百四十七億円に上るとの試算もある。「県内全体でもっとリニアに関心を持つべきだ。特に移転する人の気持ちになって考えてほしい」。中島さんは切実に訴える。

 (寺岡葵、伊勢村優樹)

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