• 中日新聞ウェブ
  • 中日新聞プラス

長野

<争点の現場から>(1)自衛官募集 名簿提供 改憲狙い?疑問の声

2019年7月1日

 「自衛官の募集で六割以上の自治体から協力が得られていない」。安倍晋三首相(自民党総裁)は一月の衆院本会議で、自衛隊が災害派遣で自治体を助けているのに冷たい扱いを受けていると不満を漏らし、その後の委員会答弁で「自衛隊の存在を憲法に明記することで、そういう(協力が得られない)空気は変わっていく」と訴えた。

 自民党は実際、今回の参院選の公約に改憲の条文イメージとして「自衛隊の明記」を盛り込んでいる。

 ただ「自治体が協力していない」と言い切れるかは意見が分かれる。自衛隊長野地方協力本部などによると、県内では、自衛官を採用する担当者が全七十七市町村に電話をしたり、訪問したりして、翌年に十八歳と二十二歳になる若者の氏名や住所などの情報を六月ごろまでに得ている。

 二〇一八年度に自衛隊に名簿を提供したのは全体の57%の四十四自治体で、残る43%の三十三自治体が適齢者名簿や住民基本台帳の閲覧を認めた。閲覧の場合、書き写す作業が伴うが、自衛隊長野地方協力本部の担当者は「閲覧も『協力』だ」ときっぱりと認める。県内は100%の市町村が協力していることになる。

 県市町村課が〇三年、当時の県内全百二十市町村に実施した調査では、〇二年度に名簿を提供した自治体は77・5%、閲覧が4%、閲覧も提供もしない市町村が18%に上った。当時と比べ、名簿提供の割合は低下したが、全く協力しない市町村はなくなっている。

 「自治体が非協力というまやかしで進めて、とにかく改憲に持って行こうとしている」。会員制交流サイト(SNS)で「自衛官募集問題を考える県民の会」を設立した長野市の自営業田沢洋子さん(63)は、首相の真意をこう推し量る。

 県民の会は東北信地域の二十〜六十代の男女十人ほどで活動。「自衛隊法施行令に提出に応じる義務は明記されていない」として自衛隊への名簿提供を止めるよう求め、長野市議会に請願書を、松本、千曲市議会と小川村議会に陳情書を提出した。同村議会では六月定例会で全会一致で採択され、村は正式な対応方針を決めるまで名簿を提供しない考えだ。

 個人情報の問題に詳しい甲南大法科大学院の園田寿教授(66)は「名簿提供は個人情報保護の問題で、改憲とは全く関係がない。憲法で自衛隊の地位が明確に規定されても、自治体が協力するかは別問題だ」と指摘する。

 首相は過去に発議の要件を緩和する九六条改憲を持ち出して批判を浴び、棚上げした過去もある。今回も自衛官の募集を改憲理由に挙げたことの妥当性をいぶかる声が出ている。

 ただ、参院選で自民党や公明党、日本維新の会などの改憲勢力が改憲発議に必要な三分の二の議席を維持すれば、改憲論議が進む可能性がある。四人が立候補する見通しの長野選挙区でも、憲法を巡って候補者たちは何を考え、語るのか。有権者は見極めを迫られる。

(高橋信)

      ◇

 私たちの暮らしを左右する参院選が七月四日公示、二十一日投開票される。身近な現場から選挙戦の争点を考える。

主な政党の公約

新聞購読のご案内