• 中日新聞ウェブ
  • 中日新聞プラス

岐阜

<岐阜から考える>(5)生き方の多様性

2019年7月14日

青春時代の遊び場だった岐阜市の柳ケ瀬商店街をミニスカートで歩く田中さん(近藤統義撮影)

写真

 岐阜市の柳ケ瀬商店街をミニスカートとハイヒールでさっそうと歩く人がいた。田中雪齋(せっさい)さん(72)=各務原市=は青春時代、この街に学ラン姿で繰り出した。当時は、想像もしなかった「本当の自分」だという。

 身体は男性、心は女性のトランスジェンダー。女性の服装やしぐさに、小学生のころから興味があった。家族や友人には言い出せず本心を抑圧するうちに、正反対の態度をとった。「女になれないなら、徹底的に男になってやろう」と。

 高校生になると、やんちゃを繰り返した。柳ケ瀬のバーに朝まで入り浸り、学校は遅刻する。不良とも付き合った。全ては女性への憧れを忘れるため。同じ理由で、大学ではとことん勉学に打ち込んだ。

 結婚し、会社も経営した。人生の転機は五十代。趣味で入ったアマチュア劇団で、女性役を演じた。芝居の中だから、周囲の目を気にせず、女性になり切れた。それではっきりと思った。「いま自分を正直に出さなければ後悔する」。還暦でカミングアウトを決意した。女性の格好やメークで外出するようになった。

 大手広告代理店などの調査から、同性愛や性同一性障害などを総称するLGBTは「十三人に一人」という言われ方がされる。性的少数者と呼ばれるが、社会のあらゆる場面で、普通に出会っていておかしくない存在だ。

 田中さんは昨年四月、LGBTの当事者グループ「ぎふ・ぱすぽーと」を設立した。月一回のペースで悩みを相談し合う交流会を開く。参加者は多くない。当事者が堂々と表に出てこられないのは、根強い差別や偏見があるからだと思う。

 昨年、自民党の衆院議員がLGBTについて「生産性がない」と月刊誌に寄稿した。別の自民党の衆院議員もインターネット番組で同性愛を念頭に「趣味みたいなもの」と語り、当事者たちを傷つけた。

 「私たちは特別扱いしてほしいのではない。個人の生き方を大事にしてほしいだけなのに」

 関市は三年前、性の多様性を認め、支援する「LGBTフレンドリー宣言」をした。バイセクシュアル(両性愛者)のあんなさん(30)は、関市で生まれ育った。高校時代に初めて女性を好きになったとき、身近な人たちから「気の迷いだ」と言われて傷ついた。

 なぜ、日本では同性婚ができないのか。大学で社会福祉を学ぶうち、人権に関わる問題だと分かった。トランスジェンダーのまことさん(24)と「レイニー・オーレ」というグループを立ち上げ、高校や大学に出向いては、LGBTへの理解を訴える活動をしている。

 こうした声に押されて、県内では印鑑登録証明書の性別欄を削除する自治体が増えている。LGBTのカップルを結婚に相当する関係と認める「パートナーシップ制度」の導入を目指す飛騨市のような動きも出てきた。

 多くの人は戸籍上の性別に違和感なく育ち、異性を愛し、結婚する。だが、それも多様な性のあり方の一つにすぎない。「どんな選択肢も縛られず、自分らしくいられるのが当たり前になれば」。あんなさんとまことさんが夢見る世界だ。

(近藤統義)

=終わり

主な政党の公約

新聞購読のご案内