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岐阜

<岐阜から考える>(3)障害者の権利

2019年7月12日

自転車や歩行者が行き交う歩道で白杖を手にする山田さん=岐阜市内で(布藤哲矢撮影)

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 参院選が公示された四日、白杖(はくじょう)の男性が一人、名鉄岐阜駅近くを歩いていた。

 「視覚障害者生活情報センターぎふ」(岐阜市)の館長、山田智直(ともなお)さん(51)。点字ブロックの上で、左脇を通り過ぎようとした女性と肩が当たった。「自転車が乗っかって白杖を折られたこともある。人とぶつかるのは恐怖ですよ」

 小学校低学年のとき、網膜剥離で光を失った。名古屋盲学校を卒業した十八歳、センターに就職した。センターでは視覚障害者に点字図書などの情報提供やリハビリ、外出の同行支援をしている。

 施設で寝たきりの母親(82)を見舞うため、最近は一日おきに名古屋へ向かう。誰かの手を借りなければ目的地に行けない。昔は人にどう声をかけるかばかり考えていた。今は駅員が乗り換え案内をしてくれる。社会の環境は格段によくなったと実感している。

 ただし、心のバリアフリーはどうか。公示直前、安倍晋三首相は大阪城の復元時にエレベーターを設置したのは「大きなミス」と発言した。「観光名所には障害者も同じように行ってみたいし、雰囲気も味わってみたいし」と、国政トップの配慮に欠く発言には苦笑するしかない。

 六年前、視覚障害者向けに花火大会のラジオ中継が企画され、視覚障害者生活情報センターのボランティアが出演、花火の様子を説明した。山田さんもラジオを手に、長良川球場のスタンドから花火を楽しんだ。

 「特別じゃなくていい。はやっていることはやってみたいし、同じ時間を共有したい。他の人と同じように生きていきたい」

 昨年、中央省庁で障害者雇用の水増し問題が発覚した。障害者の働く機会を奪う不正、差別が続いてきたのはなぜかと考える。

 健常者と同じように仕事をするのは確かに難しい。だからといって、周囲には「障害者は、できることだけをやっていればいい」とは思ってほしくない。

 目が見えないから「かわいそう」ではなくて、それぞれの個性に応じた力が発揮できるようなケアを考えてほしい。水増し問題で社会はまだ、そこまで成熟していないと感じた。

 見た目は普通の大学生と変わらないが、心の中で生きづらさを抱える若者たちがいる。

 名古屋工業大三年の吉田幸真(ゆきまさ)さん(20)=岐阜市=は中学時代、不登校になった。クラスメートと何を話せばいいか分からず、仲間の輪に入れない。教室から離れた学校の相談室に週二、三日だけ通った。精神科で「自閉症スペクトラム」と診断された。人の気持ちが読めないためコミュニケーションが困難になる。発達障害の一つとされる。

 「算数やって、国語やってとレールに乗った教育じゃなくて、学校でもっと好きなことがやれたらよかった」と振り返る。家ではパソコンが相棒だった。独学で知識を蓄え、装置が組み立てられるようになった。通信制の高校生時代、社会人でも二割しか受からない情報処理の国家資格を次々と取得し、進みたい道が見えた。在宅で可能なフリーのエンジニアになりたい。

 「人って他人にレッテルを貼りがちで、貼られた方もレッテルを逃げの理由にしてしまう。障害に特別なレッテル貼りをしない社会になってほしい」

 (神田要一)

主な政党の公約

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