花样滑冰。中国語で花のように氷上を滑ると書くフィギュアスケートの競技が北京冬季五輪で始まった。露骨なバイアス判定があった韓国・平昌大会以降、11段階採点法や加減点基準の明確化などが進められ、ジャッジの精度は大幅に向上した。ただ、自国選手に対する甘い評価(ナショナルバイアス)は時々顔を出す。
2022/2/20 五輪結果の分析
国際スケート連盟(ISU)の審判評価委員会が評価の基準に用いている逸脱点(偏差)は、2021/22年シーズンに大幅に向上した。
同季の基準では、①GOE逸脱点が2.0を超えた場合、②PCS逸脱点が1.5を超えた場合に委員会の審査対象になる。
GOE逸脱点の散らばり(標準偏差)は、18/19年の0.75から21/22年の0.69に縮小した。また、審査対象になる異常逸脱点の比率も1.16%から0.78%に減少した。21/22年は新型コロナウイルスの影響で審判が9人揃わなかった大会も多い(審判が少ないと標準偏差が大きくなる)ことを考えると、特筆すべき進歩だ。
選手の多い9カ国について、GOE逸脱点を審判と選手の所属国別に計算した国間バイアスでも、2108/19年には明白だった自国びいきが今季はかなり薄れている。
以下の表は、横軸に選手の国、縦軸に審判の国を同じ順で配置しているため、左下から右上の対角線上の値がナショナルバイアスを示している。韓国を除いて、21/22年は解消されたと言ってもいいだろう。ライバル国に対して示す負のバイアスも、欧州3国を残すのみとなった。
0.25単位で採点するため、GOE逸脱点と同じスケールでは比較できないが、PCS逸脱点についても同様だ。だたし、自国バイアスが決してマイナスにはならないこともデータは示している。
フィギュアの採点では、最高点と最低点を捨てた中央7人分の点が使われる。そのため、選手から見た逸脱点はさらに小さくなる。
以下のグラフは、GOE(要素出来栄え点)と構成点について、中央7人の逸脱点を再計算して図示したものだ。グレーは9人全員の場合、薄青は中央7人の場合を表す。
GOE逸脱点の散らばり(標準偏差)は0.69から0.51に下がり、構成点は0.37から0.26まで縮小する。分布の山が中央に凝縮し、特にゼロを含む部分が増加していることがわかる。つまり、中央7人に限ると評価は全員一致し、逸脱点がゼロになる場合が多いのだ。
前回冬季五輪以降、ISUが採点バイアスについてどう考えているかが垣間見える決定が2件あった。
新型コロナが顕在化する直前の2020年1月、ジュニア世界選手権アイスダンスの採点に関してイタリアの審判、チェザロ氏に対して懲罰委員会が下した結論は「疑わしきは罰せず」というものだ。
ISUアイスダンス技術委員会は、チェザロ氏が①16位だったペロニ/クラステキ組(イタリア)を13位に評価し、とりわけ構成点では1位(審判全体では12位)に評価したこと、②レフェリーの評価と比較すると、ライバルだったテロ/ペロン組(フランス)を過小評価し、ペロニ/クラステキ組を過大評価していることを指摘し、処分を求めた。
チェザロ氏 | レフェリー | 審判総合 | |
---|---|---|---|
テロ/ ペロン組 | 29.0/ 25.40 | 31.41/ 27.60 | 29.55/ 25.89 |
ペロニ/ クラステキ組 | 29.80/ 27.60 | 27.08/ 21.20 | 28.84/ 25.58 |
これに対し、チェザロ氏側は、①レフェリーの評価が異常に高いだけで、審判の多数派と一致している、②フランス組に対する構成点は25.4で、審判の中央値25.89と比べて特に低いわけではない、③イタリア組に対する構成点は高いが、フランス組より高く評価している審判は他にも2人いる、などと反論した。
懲罰委員会は、競技直後に行われたレフェリーと審判評価委員会によるチェックでナショナルバイアスは指摘されなかったことを尊重し、チェザロ氏の処分を行わなかった。しかし、「事後の分析ではイタリアとフランスの選手に対する高度な採点操作のようにみえる」と指摘し、「意図的なバイアスの証拠がない疑惑のレベルでは、ローマ法の『疑わしきは被告人の利益に(in dubio pro reo)』と『競技場原則』に従う」と特記した。
以下のグラフは、チェザロ氏の2組に対する構成点を全審判の逸脱点やチェザロ氏個人の過去の逸脱点の分布と比べたものだ。この程度の偏りを「異常な採点」と断言することは難しいだろう。しかし、構成点5項目で一貫して高めの採点をすると12位の選手を1位にまで引き上げてしまうことも事実だ。懲罰委員会が「高度な採点操作」と言及したのもこの点だ。
2021年春には、ISUの個人ペア技術委員会が、世界選手権で男子の審判を務めたジョージアの審判、チゴギデ氏をナショナルバイアスで訴えた。競技後のチェックでは、レフェリーはバイアスを認めなかったが、審判評価委員会は「ショートプログラムではバイアスがあり、フリーでは容認範囲内ではあるが一貫して同国選手に対して高い採点をした」とし、意見が分かれていた。
ISU側の主張は、例えば、競技結果としては構成点が19位だった同国出身選手を9位に評価するなど、全審判による最終順位とチゴギデ氏個人による順位の不一致を指摘するものだった。これに対して、チゴギデ氏側は、採点はすべて容認偏差内にあり、より高い評価を出した審判もいることや、非常に低い評価をした審判が複数いたことで自分の逸脱点が上がったことなどを指摘した。
懲罰委員会は、審判評価委員会の報告に従ってナショナルバイアスを認定し、チゴギデ氏に1年間のISU関連活動禁止を命じた。
以下のグラフは、構成点の最終順位と各審判の評価順位の差を示したものだ。処分されたチゴギデ氏以外にも、順位の差が大きい審判はいる。同じレベルの選手が集中する中央付近の順位は、特にその差が増幅されやすい。この手法が審判レベルの評価基準として正当なのかは疑問が残る。
北京冬季五輪の審判は、種目ごとに事前の抽選で決まった13か国から派遣される。競技の45分前に抽選で順位を決め、上位9人が1日目(個人の場合はショートプログラム)の審判を務める。2日目は残った4人が無条件で審判になり、残る5席を再び抽選する。
ショートプログラムでは、イタリア、中国、イスラエル、日本、フランス、韓国、ベラルーシ、スウェーデン、カナダの審判が選ばれた。米ロの審判はいない。要素出来栄え点で2.0を超える逸脱点は8件(0.44%)で今季平均の半分だった。
カナダのメッシングに対する中国の審判の採点が厳しかった。とりわけ、ステップ(StSq2)に対する逸脱点-3.33は異常値で、グラフから飛び出しそうだ。
同審判は、フランスのエイモズの連続ジャンプ(4T+3T)にも、ただ一人の0点をつけた。
ベラルーシの審判は、メキシコのカリジョのスピン(CSSp3)に対して逸脱点-3.1の異常点をつけた。
日本の審判は、ジョージアのクビテラシビリのスピン(FCSp4)に厳しい点をつけた。
構成点では、審査対象になる1.5を超える逸脱点はなかった。イスラエルの審判が、審判全体の順位と比べて、自国選手を高く評価している点が目立つ。
フリーでは、中国、ベラルーシ、日本、メキシコ、チェコ、イスラエル、スウェーデン、エストニア、イタリアの審判が選ばれた。要素出来栄え点で2.0を超える異常逸脱点は5件だった。
最大の逸脱点は、スウェーデンのニコライ・マヨロフに対するエストニアの審判が3回転ジャンプ(3F)に出した-2.78。
次は、日本の宇野昌磨に対するチェコの審判の、4回転サルコウ(4Sq、1/4回転不足)に対する逸脱点2.67。
日本の久保田審判は、フランスのエイモズに対して厳しい。3回転(3T)に対して逸脱点-2.22だった。
構成点では、審査対象になる1.5を超えるPCS逸脱点はなかった。メキシコの審判が、同国史上初めてフリーに進出したドノバン・カリジョにやや甘くなった。
アイスダンスの採点基準は他の3種目と大きく違い、審判資格も異なるが、審判の審査基準は同じ。1日目のリズムダンスでは、要素出来栄え点で2.0を超える逸脱点はなかった。
構成点でも、審査対象になる1.5を超える逸脱点はなかった。ドイツの審判が自国選手をやや高めに評価している。
2日目のフリーダンスでは、唯一、ポーランドのソプコフ審判がロシアのステパノワ/ブーキン組のコレオスライド(ChSl1)に対して逸脱点2.44を出した。
同審判は構成点でも自国選手を高めに評価している。
ショートプログラムでは、英国、オランダ、中国、オーストリア、カナダ、米国、チェコ、エストニア、韓国の審判が選ばれた。日本とロシアの審判はいない。要素出来栄え点で2.0を超える逸脱点は7件だった。
カナダの審判が中国の朱易のスピン(FSSp4)に対して出した、ただ一人のマイナス評価が、最大の逸脱点-2.44になった。
ジョージアのアナスタシア・グバノワに対して、オーストリアの審判が逸脱点-2.11(2A)。
同じ選手に対して、チェコの審判も逸脱点-2.11(3Lzq)を記録した。
アゼルバイジャンのリャボワに対して、チェコの審判が-2.11(3F!)をつけた。
また、エストニアの審判も-2.33(FCSp4)をつけた。
構成点では、審査対象になる1.5を超える逸脱点はなかった。オーストリアと中国の審判が自国選手をやや高く評価しているが、問題になることはないだろう。
フリーでは、ロシア、オランダ、アゼルバイジャン、中国、米国、英国、オーストリア、エストニア、カナダの審判が選ばれた。要素出来栄え点で2.0を超える逸脱点は12件だった。
ロシアのトルソワに対する評価は大きく分かれた。特にアメリカの審判が、連続ジャンプ2本(2A+3Tと3Lz+1Eu+3S)に対して、逸脱点-2.66と-2.33の厳しい判定だった。強いバイアスだと判断されても抗弁できないだろう。
ただ、審判総体としては、オランダの審判が正反対に逸脱点2.33を出して相殺している。
オランダの審判は、チェコのブジェジノバに対しても異常な逸脱点3.0(3Lz)を出している。。
ベラルーシのサフォノワに対して、カナダの審判が異常逸脱点3.0(3Lz)をつけた。
構成点では、審査対象になる1.5を超える逸脱点はなかった。ただ、オランダの審判が構成点3位のトルソワを10位にしている点が目立つ。要素点ではプラスに逸脱していただけに、全体と要素の評価は別なのだろう。
数件の判定で順位が変わるほどの僅差のメダル争いになった。選手がこの結果を受け入れるためにも、透明性の高い審判システムは必須だと思わせる。
ショート | フリー | 合計 | |
---|---|---|---|
🥇隋文静/韓聡組 | 84.41 | 155.47 | 239.88 |
🥈タラソワ/ モロゾフ組 | 84.25 | 155.00 | 239.25 |
🥉ミシナ/ ガリアモフ組 | 82.76 | 154.95 | 237.71 |
1日目のショートプログラムでは、要素出来栄え点で2.0を超える逸脱点は7件あった。
イスラエルのカンター審判は、ツイストリフト(Tw)に厳しく、日本の三浦/木原組の逸脱点-2.44を出した。
イタリアのギラルディ/アンブロジーニ組にも-2.55を出した。
オーストリアのツィーグラー/キーファー組のデススパイラル(BoDsB)にも-2.88。審判評価基準で許される上限(8選手あたり1回)ぎりぎりのエラー頻度だ。
ドイツの審判は、イタリアのペアのスロールッツ(3LzTh)に対して異常逸脱点3.0をつけた。
カナダのペアのスローサルコウ(3STh)に対しても逸脱点2.33をつけた。
構成点に問題はなかった。一致度に感心するほどだ。
フリーでは、要素出来栄え点で2.0を超える逸脱点は11件あった。上位組に対する異常採点はない。
中国のワン審判は許容回数を超える採点エラーを記録した。日本の三浦/木原組のステップ(ChSq1)に逸脱点-2.55を出した。
中国の彭程/金楊組のデススパイラル(FoDs4)に逸脱点2.11。
アメリカのケイングリブル/レデューク組のツイストリフト(3Tw3)に2.77、ステップ(ChSq1)に-2.77。バイアスというより技量の問題だろう。
スペインの審判は中国の彭程/金楊組に異常逸脱点3.11(FoDs4)をつけた。
構成点は高い一致度を維持した。
選手の得点は最終的には、ルールで定められた、ジャンプなどの各要素の基礎点によって決まる。メダル争いをする上位選手は、難度の高い要素を選ぶだけでなく、その出来栄え点も高い。(だから上位になる)
それだけでなく、上位選手は評価の一致度が高いという意味でも一頭地を抜いている。男子では4位になった羽生が最も高く、針が振り切れて指標としては飽和しているのかもしれない。女子は上位10人以上が一致度の高い評価を得ている。メダリストはコンセンサスの中で決まるといえるだろう。
データについて 分析に用いたデータは、2018年から3シーズン分の国際スケート連盟主催大会(シニア、ジュニア、今シーズンは4大陸選手権まで)の男女個人、ペア、アイスダンスについて採点資料から集計した。逸脱点の集計ではジャンプの転倒などで審判全員が最低点を出した場合を除いた。GOEは449,769件、PCSは277,685件。