平昌五輪男子SPで4位につけた金博洋
平昌五輪男子SPで4位につけた金博洋

愛国ジャッジの挑発

フィギュア審判の評価制度改定

2018/19年のスケートシーズンが始まった。今季の採点規則では、自国選手に有利になるようなジャッジ(ナショナル・バイアス)を禁じることが初めて特記され、大会ごとに技術委員会が点検するなど、審判の公平性にも力点が置かれるようになった。しかし、問題はそれだけでは解決しない。2月の平昌五輪で、挑発的ともいえるバイアス採点が行われたからだ。

2018/9/20 中日新聞

異例の資格停止処分

国際スケート連盟(ISU)は、平昌五輪直後の3月4日、フィギュアスケート・ペアの採点で自国選手に有利な採点を行ったとして、倫理規定違反で中国人審判の黄峰氏を懲罰委員会に訴えた。翌4月3日には、男子シングルの採点に関して中国人審判の陳偉光氏も訴えた。

ISU側の主張は、たとえば陳氏の場合、次のように展開された。

(ショートプログラムで)被告は、他の審判が金博洋(中国)に比べて羽生結弦(日本)に2-11ポイント、フェルナンデス(スペイン)に0-10ポイント与えている要素出来栄え点(GOE)で、金選手に最高得点を与えた唯一の審判である。また、宇野昌磨(日本)を金より11ポイント低く評価しているが、他の審判は宇野より金の方を高く評価した場合でも最大2ポイントにすぎない。

プログラム・コンポーネント(PC)では、被告は他の審判と同様、金よりも羽生に高い評価を与えているが、その差は極めて小さい。他の審判は3.5から8.75ポイントだが、原告は1.25ポイントにすぎない。さらに、原告はフェルナンデスと宇野を金よりも低く評価した唯一の審判である。他の審判は、フェルナンデスを2.75から9.75ポイント、宇野を2.25から5ポイント高く評価している。

これに対し、陳氏側は①連盟の評価手続きに違反している②GOEではなく、現実のスコア(要素に応じて換算される得点)を使って判断すべきだ③現行のISU憲章にはナショナル・バイアスの規定がない④スポーツ仲裁裁判所の「競技場原則」に反している、という抗弁をした。競技場原則とは、競技の専門家ではない裁判官は現場で下された判定を尊重すべきだという一般原則だ。

連盟の懲罰委員会は、①GOEをそのまま評価しても、現実のスコアに換算しても、バイアス(偏り)があることは明らかだ②ISU憲章にはナショナル・バイアスという言葉はないが「あらゆる基準でバイアスを示してはならず、常に公正中立でなければならない」などの倫理規定がある③双方が提出した証拠書類には演技の動画も含まれていたが、競技場原則に基づいて演技自体を評価することは控えた、などと判断し、黄氏に1年間の審判資格停止を、陳氏には2年間の審判資格停止と2022年北京冬季五輪での審判禁止を通告した。

連盟の審判評価制度

連盟はどのように審判の公平性を評価しているのだろうか。

連盟の評価委員会は、ジャンプやスピンなどのGOEと、全体を評価するPCについて、「同じ演技を見た全審判の評価の平均値からどれだけ離れているか」を計算し、この数値を逸脱点と呼んでいる。例えば、9人の審判が1、0、−1、0、0、1、0、−1、0(=平均0)と評価した場合、1を出した審判の逸脱点は1ということになる。(訂正:当初は「本人を除く8人の平均」と比較していましたが、ISUの定義では「本人を含む全審判の平均」でした。逸脱点は0.89倍になります)

1未満の逸脱点は問題とされない。審判は整数でしか評価できないからだ。評価委員会は、逸脱点が1.5以上の場合と選手ごとの平均が1以上の場合とを誤審とカウントし、それが自国選手である場合は誤審2回とカウントする。採点した選手8人あたり1回を超えると警告対象になる。警告は非公開だ。

評価制度は、処分された2人の中国人審判を見抜けなかったのだろうか。

懲罰委員会に提出された文書によると、黄氏には、2017年12月に名古屋で開かれたグランプリ・ファイナルの審判について警告文書が発行された。陳氏にはなかったようだ。

確信的な金選手優遇

連盟は、2016年から匿名審判制度を廃止している。だから、陳氏のナショナル・バイアスがどのように変わっていったのか、データから検証が可能だ。

陳氏は、過去2年間の主要大会で金選手を6回採点した。最初は2016年11月の中国杯で、この大会ではバイアスが全くない。同じシーズンの世界選手権以降、次第に有利な判定をするようになったが、バイアス幅は小さく、例えば、同僚審判が1点と2点で分かれた場合に陳氏は2点の側にいるだろうという程度だ。現行評価制度ではこの程度のバイアスは問題視されない。

ところが、平昌五輪で突然、審判機会19回のうち18回で逸脱点が1以上になった。6回は1.5をも超えた。

逸脱点が1.5を超えるのは、グランプリシリーズなどの通常大会で平均0.77%、五輪では(陳氏を除けば)0.55%にすぎない。ナショナル・バイアスは確信的だ。

データを見る限り、スケート文化の違いという弁護は成り立たない。金選手とメダルを争った宇野選手とフェルナンデス選手に対してだけ、著しく不利な採点をしているからだ。

データが公開されるにもかかわらず、陳氏がこのような採点をしたのはなぜか。

匿名制度が廃止される際、自国から審判に圧力がかかることに懸念があった。選手にメダルの期待が高まれば高まるほど、誰に何点をつけたかを即座に公開される審判にも強いプレッシャーがかかる。しかも、競技場原則によって、どのような採点をしても結果が覆ることはない。五輪という最重要大会で「愛国的採点」をする誘因は十分にある。

制度に残る課題

現在の制度では、審判の評価は大会ごとに完結し、誤審が選手8人あたり1回を超えなければデータベースに残らない。統計上はいかに明瞭であっても散発的なバイアスは、把握されないことになる。

また、競技場原則がバイアス判定を誘発することも問題だ。五輪や世界選手権などの重要大会では、審判を11人に増やして上下各2人の採点を除くなど、制度上の安全弁も必要だろう。

フィギュアスケートの審判制度には、他のすべての採点競技をブラックボックスだと思わせるほどの高い透明性がある。課題が明らかになるのは欠陥ではなく、情報が公開されているからこそだ。評価制度は、今後も見直しが続けられることが連盟文書に明記されている。

審判評価制度の推移
シーズン採点に関する評価手続き
2016/17

評価委員会は以下の場合のみ、採点が容認できるか誤審かを判定する。

  • 要素評価(GOE)の逸脱点が、選手ごとに平均1以上
  • 全体評価(PC)の逸脱点が、選手ごとに合計7.5以上
  • GOE/PCの逸脱点に1.5以上のものがある

選手8人あたり1件を超える誤審がある場合のみ、データベースに登録する。

累積誤審が10件を超えた場合、査定文書を発行するかを検討する。

2017/18

評価委員会は以下の場合のみ、採点が容認できるか誤審かを判定する。ただし、PCの場合は他の項目を参照することができる。

  • 要素評価(GOE)の逸脱点が、選手ごとに平均1以上
  • 全体評価(PC)の逸脱点が、選手ごとに合計7.5以上
  • GOE/PCの逸脱点に1.5以上のものがある

誤審が審判と同国選手に対するものである場合、2誤審とカウントすることがある。

選手8人あたり1件を超える誤審がある場合のみ、データベースに登録する。

累積誤審が6件を超えた場合、査定文書を発行するかを検討する。

2018/19

評価委員会は以下の場合、他の採点を参照して、採点が容認できるか誤審かを判定する。バイアス、中立性の欠如、不当な戦略による操作のような倫理規定違反となる異常採点を報告することができる。

  • 要素評価(GOE)の逸脱点が、選手ごとに平均1以上
  • 全体評価(PC)の逸脱点が、選手ごとに合計7.5以上
  • GOEの逸脱点に2.5以上、PCの逸脱点に1.5以上のものがある

誤審が審判と同国選手に対するものである場合、2誤審とカウントすることがある。

選手8人あたり1件を超える誤審がある場合のみ、データベースに登録する。

累積誤審が6件を超えた場合、査定文書を発行するかを検討する。顕著な誤審やバイアスの場合、累積件数によらず、査定文書を発行できる。

なお、データは、2016/17年と17/18年シーズンのグランプリシリーズ以上の21大会の13089要素、117801件を対象にした。