<源流の政 木祖村議選> (9)再出発の誓い
2019年4月23日
村議引退後の生活について語る岩原大輔さん=長野県木祖村で |
長野県木祖村議選(定数一〇)の投開票から一夜明けた二十二日朝。村役場で十人に当選証書が手渡されていたころ、二期八年務めながら出馬しなかった岩原大輔(36)は、木曽川最上流の味噌川ダムにいた。
議員をしながら勤めているNPO法人「木曽川・水の始発駅」が、今月下旬からの大型連休にダム湖で開くカヌー体験会の準備。舟の状態などを点検した。
月額十五万円の議員報酬では家族を養えないと引退を決めた岩原。任期は二十九日までだ。今後も生まれ育った村で暮らすが、NPOも五月に辞め、新たな仕事を見つける。カヌー体験会がNPOでの最後の大きなイベントになる。
前夜、自宅で長女(5つ)と長男(3つ)を寝かしつけていたとき、隣の居間にある村の広報無線の受信機から、村議選当選者の名前を読み上げる声が聞こえてきた。長女から「父ちゃんは呼ばれないの?」と聞かれた。突然の質問にびっくりし、どう答えていいか分からず、笑みを浮かべてやり過ごした。
長女には議員を引退すると伝えていないし、そもそも議員が何たるか、理解しているとは思えない。無線の声に耳をそばだてる父親の姿を見て、そんな質問をしたのだろう。
岩原は村議選の立会演説会にも足を運び、一票を投じる候補を決めた。引退を決めたが、議員を務めたことは今も誇りに思う。
人々の困りごとに耳を傾ける仕事。保育所の給食に無添加の食材を使ってもらえないかという訴えを聞き、役場に伝えた。食材は難しかったが、添加物の少ない調味料が使われるようになった。「みんなのために働ける。かっこいい仕事ですよね」
これから決めるという岩原の就職先。一カ月ほど前、岩原の議員引退の決断が知れ渡ると、「ウチで働かないか」といくつか声が掛かった。
木曽川源流の地、木祖村。スキー場やキャンプ場があり、観光客誘致には熱心だ。白菜など特産品の売り込みにも力を入れる。こうした地域おこしに貢献できそうな村内の就職先候補が複数、見つかった。必要な書類を準備するなどし、五月には新しい仕事を決めたいという。
昼前、岩原はダム湖での舟の点検を終えると、藪原地区の旧中山道沿いにあるNPO事務所に戻った。岩原がいることに気づき、近くで独り暮らしをしている九十代の女性がつえをついてやってきた。
「大ちゃん、どうして議員辞めちゃったの。これからやと期待しとったのに」
岩原は苦笑して答えた。
「村から出ていくわけじゃないから」
NPOを辞めたら事務所には通わなくなるが、自宅はすぐ近く。この女性との付き合いは続く。これからも自分が、助け合って生きる源流の里の一員であることに変わりはない。
岩原は女性にこう続けた。「困ったことがあったら、いつでも言ってくださいね」(文中敬称略)=おわり
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この連載は浅井俊典が担当しました。