<源流の政 木祖村議選> (5)いよいよ選挙戦
2019年4月17日
長野県木祖村議選(定数10)は16日告示され、12人が立候補を届け出た。21日に投開票される。当初は11人の出馬が見込まれていたが、元村議の妻である新人も立候補した。12日現在の有権者数は2479人。
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木曽川最上流の長野県木祖村で選挙戦が始まった。
十六日午前十時前、山あいの菅地区の道路脇。現職の栗屋正一(69)が自家用車から降り立ち、マイクを握って演説を始めた。
「(地区の)スキー場で働く八十人の雇用を守ります」
運動員の他に、耳を傾けている人は周囲にいない。ただ、据え置き型スピーカーは山の斜面の方向を向いており、はね返された栗屋の声は集落じゅうに響きわたっている。
運動員が解説した。
「やまびこ作戦じゃ」
そのかいあってか、別の場所でのつじ立ちでは、語り始めるや、何人かの住民が玄関を開けて、外に出てきてくれた。
立候補した十二人に取材したところ、この日、つじ立ちをしたり、選挙カーで遊説したりしたのは栗屋を含め四人。少数派のようだ。
小木曽地区で約三十頭の牛を飼う農家で新人の丸山幸一(62)も、街頭演説はしなかった。
午前中、自宅に集まった親戚や近所の人ら二十人を前に「牛を飼わせてもらっている。その感謝の気持ちを持って、地域に恩返ししたい」などと語った程度。その後、支援者と手分けして、村じゅうにポスターを張り、夕方には牛のエサやりをした。
「選挙中も朝夕、牛の世話は欠かせないですね。今は農繁期前でして、野菜農家に牛のたい肥を配る仕事もあります。選挙運動は主に電話です」
選挙カーも用意しないという。
遊説があまり見られない村の選挙戦。地縁、血縁が重視され、電話による票固めが主流だ。ただ、表面上はのどかとはいえ、みな「村の選挙はいくさだ」と口をそろえる。
木祖村は明治時代に合併した藪原、小木曽、菅の三地区からなるが、それぞれ結束は強い。地区外の候補に票が流出することを嫌う傾向にある。
昭和四十年代ごろまでは、選挙ともなれば毎晩、集落の入り口付近にたいまつを持った見張り番が立ち、出入りを警戒した地区もあった。怪しい人間がやって来ると尾行し、「何をやっているのか」と問い詰めた。各家庭に固定電話が普及するころまでの話という。
平成最後の村議選。遊説したくても、できない候補もいた。
元郵便局長の新人田中寛幸(66)。
告示の五日前、村内のある場所で、仲間と選挙運動の打ち合わせをしていた。中座し、トイレを探しに戸外に出たところ、足を滑らせ、沢に転落。右足を剥離骨折し、全治二カ月と診断された。
自転車遊説を計画していたのに、できなくなった。告示日の朝、役場にある選管に松葉づえをついて現れた。「こんな大事な時に」と嘆くことしきりだ。
ポスター張りは同級生がやってくれた。田中は自宅に戻ると、八畳間でノートを開いた。
十八日夜、村では候補全員が参加する立会演説会がある。何を語るべきか、田中は思案を始めた。
(文中敬称略)