毎年3月に開かれる名古屋ウィメンズマラソンは、1万人以上が参加する世界最大の女子マラソンだ。前夜の街はホテルが満室になり、最新のランニングウエアを着た人々で通りも華やぐ。2022年の記録からランナーの横顔を見てみよう。
ウィメンズマラソンは、国際陸連認定238レース(2023年)のうち14しかないプラチナレースに認定されている。その高い格付けを維持するため、主催者は3人以上の世界トップクラスの選手の出場、選手連帯基金への拠出、国際公認検査員による距離の事前計測など数多くの要件を満たさなければならない。
通過時刻(スプリットタイム)を電気的に記録し、本人や関係者に提供することも要件の一つだ。ウィメンズマラソンでは、ナンバーに付けられた計測チップが地面に設置されたアンテナを通過した時刻を0.1秒単位で記録する。
通過時刻から各ランナーの位置を推定し、100メートルごとに集計すると、巨大マラソンの全体像が俯瞰できる。
市民ランナーは全員、最初の1時間で先頭集団と必ずすれ違う
先頭集団は若宮大通を折り返す
康生通を折り返した先頭集団がドームへ戻る。一般ランナーは11時20分までに桜通にたどり着けば、二度目のすれ違いを経験できる
正午ごろ、栄に最も近い若宮通がランナー密度のピークを迎える
午後1時ごろ、サブ4を目指す集団がゴールになだれ込む
午後2時前に平均的な一般ランナーがゴール
午後3時前に伏見通のゲートが閉鎖
完走までもう少し!
完走者にタイム順に整列してもらうと、市民ランナーあこがれの目標であるサブ3.5(3時間半以内)やサブ4(4時間以内)に大きなピークがあることが分かる。
マラソンに挑戦する人は、体力に自信があったり、健康に特に気をつけているという意味で、女性全体の平均像ではない。年代別タイムを計算すると、40代が平均4時間49分で最も速く、20代と60代が平均5時間3分で最も遅いという意外な結果になる。
とはいえ、個人差も非常に大きく、年代で比べることにそれほど意味はない。年齢とタイムには関係がない。
巨大マラソンの一般ランナーには不利な点がある。スタート地点を通過するのに1万人あたり10分程度かかるため、申告タイムが遅いランナーは最大20分近く遅れる。このため、実質的な制限時間は7時間ではなく6時間40分程度になってしまう。
2022年に完走できなかったランナーは2.1%だが、その大半はコース途中に設けられたゲート閉鎖時間に間に合わなかったための中断だ。
場所 | 距離 | 時刻 | 必要速度 | 必要速度 (15分遅れ) |
---|---|---|---|---|
名古屋市博物館 | 6.0km | 9:40 | 4.5km/h | 5.5km/h |
妙音通4交差点 | 10.4km | 11:55 | 3.8km/h | 4.2km/h |
大久手交差点 | 15.7km | 12:35 | 4.6km/h | 5.0km/h |
若宮北交差点 | 21.5km | 12:52 | 5.8km/h | 6.2km/h |
丸の内小学校 | 26.2km | 13:37 | 5.9km/h | 6.2km/h |
秩父通交差点 | 29.9km | 14:11 | 6.0km/h | 6.3km/h |
中日新聞社 | 35.0km | 14:59 | 6.0km/h | 6.3km/h |
桜通車道交差点 | 38.6km | 15:32 | 6.0km/h | 6.3km/h |
ドーム入り口 | 41.7km | 16:05 | 6.0km/h | 6.3km/h |
未完走ランナーの通過時刻をプロットすると、その大半は20-35kmのゲート3カ所の閉鎖に間に合わなかったための中断だということが分かる。
黒丸は最後に記録された通過時刻で、20kmと25kmに多い。それぞれ通過後に待ち受けるゲート閉鎖に間に合わなかったと思われる。
15キロ地点を11時15分以降に通過したという点で、未完走ランナーとほぼ同じ位置を走っていたにもかかわらず、結果的には完走したランナーの足跡(ピンク)を見ると、ペース維持がいかに重要かが明瞭に表れている。
完走ペースからの離脱は15km前後から始まり、一度外れると戻れない。
すべてのゲートを通過する最低条件は時速6.3キロ(1キロ9分30秒)の維持だ。無理は禁物だが、余裕があるのに通過し損なうことを避けるためにも、ペースは自ら管理する必要がある。
2022年はコロナ禍後、規模を戻した最初のマラソンだった。22年とコロナ前の19年の両大会に参加し、タイムが比較できる1000人を無作為抽出し、19年と16年に参加した1000人と比較することで、コロナの影響がみつかるかもしれない。
以下のグラフは各区間のスピードを3年前と比較したもので、19年(青緑、16年との差)と22年(ピンク、19年との差)の分布を重ねている。
スタート時、分布はほとんど重なっている。3年で走力が増した人、落ちた人がいるが、大数の法則が働いて平均的にはスピードは変わらない
15-20km区間から左側にピンクの部分が現れる。22年には3年前のスピードでは走れない集団が増えたことになる
30km過ぎから平均値でも失速がはっきりする
22年の失速は最後まで解消されなかった
これだけはっきりした失速を見ると、どうしてもコロナの影響を連想したくなる。しかし、22年にはもう一つ、例年とは違う条件があった。気温上昇だ。
3月上旬に開催されるウィメンズマラソンは通常、正午でも9度から12度の(沿道の観客にとっては)やや寒い気温の下で行われる。ところが、2022年は20度を超える例外的に温かい週末だった。
だから、22年の失速がコロナの影響だとは到底いえない。そもそも、罹患して直接的な影響を受けた人や社会状況の激変でトレーニング不足になった人は、21年末の雰囲気では無理に応募しなかっただろう。2年連続で市民ランナーの晴れの舞台を奪ったコロナ禍の痕跡は、データの上では春の陽気にかき消されてしまったことになる。
データ 参加者の通過時刻は、2016、19、22年の一般ランナーの同一性だけが確認できる符号にアドホックに変換した(UUID化)ものを大会事務局から提供された。エリートランナーは公式発表値。