温暖化する
地球を見下ろす

気候変動の15の陰影

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地球温暖化が国際的な課題になって一世代が過ぎた。科学者の予想は正しかったが、便利で豊かな生活を求める人々の欲望を止めることはできなかった。地球に衝突する小惑星を見上げることを拒んだ映画の人々のように、変わっていく地球から目を背けたくなる。

気温

欧州連合の地球観測プログラム・コペルニクスは、2024年の地球の平均気温が過去最高を記録し、産業革命以後の気温上昇が、パリ協定(2015年)の目標値である1.5度を超えたと発表した。

気温上昇のペースは、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2001年に発表した第3次評価報告書の予測モデルが控えめだったと思わせるほど急激だ。

さまざまな観測データを統合した解析モデル(ERA5)によると、2024年の地球の平均気温は15.1度で、1991-2020年の30年平均と比べて0.72度高かった。7月には過去最高の17.16度を記録している。

カナダ北部ハドソン湾の周辺は文字通りのホットスポットで、3度以上高かった。北極圏の陸地は最も速い速度(10年で0.69度)で温暖化が進んでいる。雪と氷が解け、黒い表面が増えて太陽エネルギーを吸収しやすくなり、更なる雪の融解を促進する悪循環が始まっているためだ。対流によって上空に熱を逃す力が高緯度地方にはほとんどないという事情もある。

日本付近では、東北沖の太平洋で2度前後高くなったが、オホーツク海で1度弱低かった。北大西洋や南太平洋東部にもある「温暖化の穴」の一つだ。

北半球の気温上昇が目立つのは、気温変動の大きい陸地が多いためだ。ただし、温暖化の主因も北半球に集中している。大気循環の様子を見れば明瞭だ。

データ:Copernicus ERA5: Annual surface temperature anomaly 2024

大気循環

米NASAの研究者がスーパーコンピューターを使ってシミュレーションした、二酸化炭素の排出と大気中の移動を見ると、北半球の先進国から排出された二酸化炭素はほとんどが北半球に滞留し、南半球には直接拡散していないことがわかる。

南米や南アフリカでは、排出された二酸化炭素がその日のうちに森林で吸収され、拡散していない。

データ:NASA Scientific Visualization Studio: Simulating Carbon

二酸化炭素

温室効果ガスがどこでどれだけ排出されているかを地図上で集計したデータベースによると、二酸化炭素(年間排出量390億トン)は火力発電所やコンビナートのある場所で大量に(約10キロ四方当たり年間1000万トン以上)排出されている。その地域全体の排出を肩代わりしているといってもいいだろう。電力のために排出される二酸化炭素は1990年を基準とすると96%も増加した。

日本や中国の近海は、地上の非都市部に匹敵する数万トン(黄色)の排出がある。太平洋とインド洋を結ぶマラッカ海峡では10万トンを超えている。輸送セクターの排出量は90年比で78%増加した。

油田と石油精製施設が連なるペルシャ湾沿岸でも1000万トンを超える二酸化炭素が排出されている。

二酸化炭素は、海水に溶けて海の酸性度を上げる。そのわずかな変化は、プランクトンや珊瑚の炭酸カルシウム生成を阻害し、海中の生態系を破壊する。

メタン

メタンの排出量は年間6億トン。その6割が人間活動に由来する。メタンの温室効果は同じ質量の二酸化炭素の80倍以上(排出後20年間)もあり、100年間平均でも(大気中で化学変化を起こして別の物質に変わるため)約30倍あると推定されている。そうした換算によると温室効果の2割を占めると見積もられている。

人間活動に由来する排出源は牛などのゲップ、し尿処理や水田、埋め立て地(大阪万博会場が好例)と石炭・石油・天然ガスの採掘・輸送時の漏れだ。中国が16%(石炭採掘が大きい)、インドが9%を占める。

欧州はもともと少ないだけでなく、埋め立て規制によって排出量を減らしている。

温室効果が強いメタンは、削減の効果が大きいにもかかわらず、排出量が急激に増加した。

短寿命気候強制因子

排出を止めても元に戻るのに百年単位の時間が必要な二酸化炭素ではなく、メタンのように即効性のある「短寿命気候強制因子」として、空気中を漂うエアロゾル粒子(硫酸塩、硝酸塩、アンモニウム、炭素=すす)に注目する研究者もいる。ただし、話は単純ではない。

二酸化硫黄の微粒子は、太陽光を宇宙に反射する直接的な経路と、雲の発生を誘発して雲が太陽光を跳ね返す間接的な経路とを通じて温暖化を緩和する。火山の噴煙で日光が遮られて冷夏が来るメカニズムと同じだ。一方、炭素を含む黒い微粒子は、直接的には自ら熱を吸収し、間接的には氷河を黒く汚して太陽光の反射を弱めてしまう。

米NASAが気象衛星のデータを統合して計測したエアロゾル光学的濃度(PM10)を見ると、中国やインドの東側に大量のエアロゾルが拡散している様子がわかる。対策が進む中国は減少傾向。インドは悪化し、エアロゾルが引き起こす冬の霧が常態化した。(真白は雲などで計測できなかった領域)

アフリカのように砂漠から巻き上げられる砂塵もエアロゾルの供給元だ。

化学反応を通じてメタンの寿命を伸ばしてしまう物質もあり、エアロゾルの正味の影響は不確かだ。本丸の二酸化炭素排出に付随して排出されるものばかりで、過食をやめないのにサプリメントの効果を期待するような虚しさがある。そして、いずれにしても大気汚染物質として人間の健康には有害だ。

データ:GEO-LEO Merged Deep Blue Aerosolの2020年4月分を統合

異常降雨

気温が上がれば水の蒸発が増えて雨も増えそうなものだが、研究者は簡単には断言はしない。いかんせん海には雨量計がない。

米海洋大気庁(NOAA)の世界降水量気象学プロジェクトは、1979年から雨量計と人工衛星のデータを利用して全世界の異常降雨をモニターしている。月単位で平年(1979-95年)と比較したデータによると、2020年代は大雨の地域が増えていることが一目瞭然だ。

2024年4月には中東で75年ぶりの大雨が降り、オマーンなどで死者が出た。世界で2番目に利用者の多いドバイ国際空港では滑走路が水に浸かった。

洪水

2022年夏、モンスーンの大雨にヒマラヤの氷河が解けた水が加わり、パキスタンの国土の1割が浸水する大洪水が起きた。1700人以上が死亡、200万人以上がマラリアに罹った。

人工衛星から見た8月末のインダス川沿岸は緑豊かに見える。

水没した土地では赤外線の反射が急激に弱くなる。その地域を強調すると、インダス川右岸がほぼ浸水していることがわかる。

インダス川の洪水は珍しいことではない。問題は、氷河がなくなってしまえば、洪水の原因になった雪解け水が途絶えてしまうことだ。次に来るのは水不足だ。水資源をめぐって対立するインドとパキスタンのカシミール紛争が激化する恐れがある。

北極

北極圏は地上で最も急速に温暖化が進んでいる地域だ。上述のように、熱を上空に逃す対流が弱く、低緯度地方のような誤魔化しが効かない。雪が解けた地表は太陽エネルギーを反射できなくなり、さらに雪解けを促すという悪循環に陥っている。

人工衛星データと海運・海軍のために流氷を監視している米国機関のデータを解析した北半球海氷データは、脈動する北極の海氷を描き出している。海氷の減少は、グラフにすると一目瞭然だ。

大西洋からバレンツ海に流れ込むメキシコ湾流が低緯度地方のエネルギーを持ち込み、北極海はヒートシンク(熱の下水溝)になっている。(ただし、これは温暖化に関する視点だ。日本よりも高緯度の欧州が温暖で、北海が世界有数の漁場であるのもメキシコ湾流のお陰だ)

北極の海氷は、最も小さくなる9月で比較すると、50年間で半分近くまで減った。今世紀末には夏季は海氷が完全に消失すると予想されている。また、北極圏の温暖化は永久凍土を解かし、腐敗が進むことで大量のメタンなどが放出されるおそれがある。

ヒマラヤ

高山の氷河も解けている。

欧州の地球観測衛星Sentinelが2024年12月に撮影したヒマラヤ・エベレストの麓には、谷を流れる氷河の様子が見える。中央には氷が解けてできた水たまり(氷河湖)がある。

63年前の1962年の同じ月、米偵察衛星が撮影した写真(1995年機密解除)と比較すると、現在の氷河の先端(青線)は大きく後退した結果であることがわかる。氷河湖などなかったのだ。ヒラリー卿が初登頂した頃のエベレストはかなり雪深かったことになる。

海面上昇

科学者が警告を発して以来、平均海水面はすでに11センチも上昇した。2006年から15年までの平均上昇速度は年3.58ミリ。1901-90年の観測値1.38ミリの2.6倍に加速している。

海面上昇の約半分は南極とグリーンランドの氷が解けたことによる海水の増加、半分は海水温が上がったことによる膨張が原因だ。海に浮かんでいる北極の氷は解けても影響しない。ジュースの氷と同じだ。

水は低きに流れるのだから海水面の上昇に地域差はないと想像しがちだが、人工衛星の高度計で精密計測した水面高の変化の速度を見ると、水温が上昇していない南太平洋東部(温暖化の穴!)では速度が低く、水温が高いメキシコ湾では年5ミリ以上と高いことがわかる。膨張分だ。

2万年前まであった厚い氷河の重しがなくなったため陸地が押し上げられている分(今でも年0.3ミリ)を補正しなければならないほど、衛星による標高測定の精度は高い。日本の南岸に大きな沈降部分があるのは、黒潮の蛇行(の終了)を捉えているためだ。

海面上昇は、2100年には60-100センチになると予想されている。

山火事

気候変動で山火事が増加する理由には疑問の余地がない。森林が乾燥すれば火事が増えるが、砂漠に雨が降っても火事は減らない。米カリフォルニア大火災レジリエンスセンターによると、人が多く住む地中海性気候地域で乾燥が進み、10人以上の犠牲者が出た山火事のうち43%(過去44年間)が最近10年の間に起きている。また、火災煙(PM2.5)による(喘息の人には致命的な)健康被害は100万人以上増加した。

米・日・ブラジルの地球観測衛星アクアが山火事(もしくは火山の火口)と判定した場所(2025年6-8月、確度85%以上)をオレンジの点で表示すると以下のようになる。

最も目立つのはアジアとアフリカの焼畑農業に由来する火災だ。ただし、農業が現代化するにつれ、過去20年間一貫して減少している。

オーストラリアでも山火事は日常茶飯事だ。2019年に森林の2割を消失する大規模な山火事が起きた。

ベネズエラやコロンビアでは、2024年から記録的な山火事が続いている。アマゾン地帯の高温と干ばつで、焼畑から延焼した火事が制御不能になった。

カナダでは2025年4月から森林火災が続き、火災による二酸化炭素が23年に次いで2番目に高い排出量を記録した。デトロイトなどアメリカ東部に煙が流れ込み、11州で大気汚染警報が出た。

NASAの人工衛星に搭載されている分光放射計は、カナダ中部で起きた火災の煙(赤や黄の部分)が6日程度で欧州にまで拡散する様子を捉えている。

山火事は二酸化炭素を直接排出するだけでなく、大量のエアロゾルを発生させて温暖化を加速する要因になる。

干魃指数

農業に深刻な被害を与える干魃(かんばつ)は単に雨が少ないことではない。土壌が乾いてしまうことだ。ドイツ気象庁の研究者が発表している干魃指数は、降水量と蒸発量から土壌の乾き具合を推計している。

地中海は高温と少雨による干魃が続き、ポルトガルでは大規模な山火事が発生。フランスでは2024,25年と連続でワイン生産量が減少した。海水温が上がりやすい地中海では干魃は常態化するとみられている。

世界最大のオレンジ生産国であるブラジルでは、2023年以降の干魃で収穫量が激減。オレンジの国際価格が史上最高値を記録した。日本のオレンジジュースのほとんどはブラジルから愛知・三河港に濃縮果汁の姿で輸入されている。

オーストラリア南部では1年以上続く少雨で、雑草だけが繁茂する「緑の干魃」が広がっている。

南極

南極は北極の双子の兄弟ではない。オーストラリアの2倍の面積を持つ巨大大陸で、周囲を南極環流に囲まれ、北極よりも段違いに寒い。このことが温暖化の影響をわかりにくくしている。

人工衛星が観測した海氷の面積をグラフにすると、減少は始まったばかりだ。

南極の流氷は、海水が凍った狭い意味での海氷と、大陸の氷河(棚氷)が流れ出たテーブル型氷山からなる。対岸に陸地がないため、次第に薄くまばらになって消えていく。

温暖化の影響で大気中の湿度が上がったため、大陸の沿岸部では積雪が増えている。その積雪が氷河の移動速度を速め、棚氷を海に押し出す。このため、温暖化でも南極圏の海氷面積は減っているようには見えない。

南極大陸は平均2キロの厚さの氷に覆われ、平均標高が6大陸中最も高い。氷の下にある地形が氷河の流れる方向を決めている。

南極の海氷は、海水が凍る時に取り残される塩分を含んだ重い海水の塊を生み出し、深海にくだって赤道近くまで海底を静かに流れる循環の原動力となっている。その循環が弱まると地球にどのような影響が現れるのかは研究者の関心事だ。

マラリア

地球温暖化が国際的な議題になり始めた40年前、媒介する蚊の生息範囲が広がり、マラリアが広がるといわれたものだ。その経路に間違いはないが、実際には2000年以降、人口が1.5倍になったにも関わらず感染者数は横ばい、死者数は減少している。診断テスト、防虫剤処理した蚊帳(防虫ネット)、保健指導が普及したためだ。

全世界のマラリア被害の95%を占めるアフリカでは、死者の76%が5歳未満の子供だ。蚊に刺されてマラリア原虫が体内に入った子供の比率は、2002年は以下のようだった。

アフリカ中央部のコンゴや西部コートジボアールで猖獗を極めていたが、2012年にはコンゴで大きく減少している。

2022年。西アフリカのガーナは、国境線が分かるほど、感染者数を減らしている。国の政策として防虫ネットの普及とコミュニティの保健指導員の配置が進んだためだ。

アフリカのマラリア対策にとっては、温暖化よりも国際支援の縮小(米トランプ政権の対外援助(USAID)見直しなど)の方が影響が大きい。また、大洪水(2022年)をきっかけに50万人(21年)-265万人(22年)-428万人(23年)と感染者を急増させたパキスタンのように、温暖化がマラリア禍を生む経路は単純ではない。

超過死亡

欧州の熱波による死亡(熱中症など)が今後どのように推移するかを都市別に推計した研究によると、温暖化が進むにつれて異常高温の頻度も上がり、スペインやイタリアなどの南欧では超過死亡が急増する(10万人あたり82人)。冬の寒波による超過死亡は減少(同36人)し、差し引き46人増になる。

ところが、北欧では熱波による超過死亡(同10人)よりも寒波の減少による超過死亡の減少(同23人)の方が優勢だ。

人間に対する直接的な影響は予想が難しく、議論のための議論の側面がある。利便や快適、健康や豊かさの追求が温暖化対策を困難にしているのに、人々が気候変動にだけ受け身であるはずがない。南欧も早晩、東南アジアのようにエアコン必須の生活様式を選ぶだろう。