2016年2月11日に世紀の大発見として発表された重力波も、いまでは毎週のように観測される「宇宙の日常茶飯事」になっている。国際観測ネットワークは2021年11月、累計90個の突発的重力波と、1000を超える候補信号を公表した。重力波観測ではどのようなデータが観測、分析されているのだろうか。
重力波は物体が加速する時に生じる振動だ。安普請の廊下を太った人が歩いても振動は起きるが、日常の類推が許されるのはそこまで。重力波は、空間そのものを歪めながら、何にも遮られず、光速でどこまでも進む。だから、重力波を観測することで、この世界で起きた「重いものが高速で動く現象」を何でも捉えることができる。
米国の重力波観測所LIGO(ライゴ)は、ルイジアナ州リビングストンとワシントン州ハンフォードの2カ所で、長さ4キロメートルのレーザー干渉計を使って重力波を24時間観測している。世紀の大発見となる重力波は、2015年9月14日18時50分45秒(日本時間)に地球に届いた。
リビングストンの観測所が記録した重力波のデータをそのまま音にすると、以下のようになる。
金属的な音は、反射鏡の共鳴や感度調整のために人為的に挿入された信号だ。この信号にラジオやレコーダーのノイズカット機能のような雑音除去処理を施すと、ボコッという音が聞こえる。
この音の波形が重力波だ。波の高さはメートル程度、陽子の大きさの100の1しかない。世紀の大発見にしてはいかにも頼りないが、早くも2017年にはLIGO設立の3氏がノーベル物理学賞に選ばれている。
この音は何の音なのか。
LIGOの研究者は、さまざまな想定で計算したコンピューターシミュレーションの波形と観測結果を比較することで、音源の姿を推定した。約25万通りのシミュレーションの中から選んだ、観測波にそっくりな波形は以下のようなものだ。
この波形を出力したシミュレーションの想定シナリオは、14億光年の遠方で太陽質量の35.6倍の物体と30.6倍の物体が回転しながら合体(衝突)する時に地球で観測される重力波というものだ。「このシナリオが観測結果ともっとも平仄が合う。この重力波が発生した時も同じようなことが起きたはずだ」というのが彼らの判断だ。
2017年8月17日21時41分(日本時間)には、これまでで最も強力な重力波が届いた。
この音に最も合致するシミュレーションの波形は、1億3000万光年先で太陽質量の1.46倍の物体と1.27倍の物体が合体するものだ。この大きさのブラックホールは理論上存在しないため、中性子星(星が燃え尽きた核)だと研究者は推定している。
音色が随分違って聞こえるのは、観測装置では狭い範囲の周波数でしか高感度で観測できないためだ。
2020年1月15日13時23分(日本時間)に届いた重力波の音は、もはや人の耳にはほとんど聞き分けられない。
かすかな重力波が単なる雑音である可能性は10万年に1度。9億4000万光年先の太陽質量の5.9倍の物体と1.44倍の物体の合体だと推定されている。大きい方はブラックホール、小さい方は中性子星ということになる。
アンバランスな天体の衝突は、大きな天体が小さな天体にあたかも振り回されているように見える。
2017年8月1日から欧州6カ国の研究機関が運用する重力波観測所VIRGO(ヴァーゴ、イタリア)の観測が始まった。LIGO2台とVIRGO、計3台の観測データをリアルタイムで共有し、重力波が来た方角を瞬時に推計して世界中の天体観測機関に速報するシステムも稼働した。
わずか2週間後、最初の重力波が届く。
8月14日19時30分43秒、米ルイジアナのリビングストン観測所が最初に重力波を捕らえ、1000分の8秒後に米西海岸のハンフォード観測所が、1000分の14秒後にイタリアのVIRGOが続いた。三角測量の原理で重力波の方角を推定し、時計座(南半球)の方向から来た確率が高いという情報が、30秒後に25の研究機関に送られた。
8月17日21時41分5秒すぎ、中性子星の衝突の重力波が3カ所の観測所に届いた。偶然にも3観測所の配置がよく、非常に限られた範囲から重力波が来たことが分かった。また、同じ時間には人工衛星のフェルミガンマ線宇宙望遠鏡が強いガンマ線を観測しており、世界中の研究機関がうみへび座の方角に機器を向けた。その結果、チリのラスカンパナス天文台など6機関がレンズ状銀河(NGC4993)の中に明るく光る天体を見つけた。
3観測所の配置が悪い場合、発生源の方角を絞り込めない。2019年11月9日の重力波は、バックスピンをしながら衝突したブラックホールだと推定されている。一方が太陽質量の65倍、もう一つが47倍で合体後には107倍になった。計算が合わない5倍分が重力波として放出された。
上述のブラックホールと中性子星の合体は、重力波が弱く、範囲を絞り込めなかった。これまでのところ、関連のある光学的天体現象は見つかっていない。
重力波によって方角が分かり、即座に光学望遠鏡や電波望遠鏡の後追い観測ができるようになると、専門家が「マルチメッセンジャー天文学」と呼ぶ立体的な観測が可能になる。光学観測で使う仮定を重力波のデータで補強し、逆に重力波観測の仮定(あるいは装置の精度調整)を光学観測のデータで補強することができる。
重力波の国際観測網は2022年12月をめどに第4期観測期O4に入る。東京大学が岐阜県飛騨市神岡町に建設した重力波観測所KAGRA(カグラ)もネットワークに参加することになっているが、目標の測定感度をまだ達成できていない。おまけに控え目な目標感度はLIGOやVIRGOの100分の1に過ぎない。
それでも参加が待ち望まれているのは、欧米から数千キロ離れた場所の観測データで方角推定に大きな貢献ができるからだ。日本には1995年のTAMA300干渉計(国立天文台)以来の重力波観測の歴史があるが、高感度化で大きく遅れをとっている。必ずしも世界最高水準である必要はないだろうが、地球上の位置関係が否応なしの国際的責任を生じさせている。
出典: 観測データと分析のためのソフトウエアは、LIGO重力波オープンサイエンスセンターが公開しているものを利用した。記事中の推定値は、最新の改訂値を使った。中性子星とブラックホールの数値シミュレーションの動画は独マックスプランク研究所のT.Dietrich/N.Fischer/S.Ossokine/H.Pfeiffer氏から提供を受けた。