開かずの扉 長い闘い
「開かずの扉」と呼ばれてきた再審の制度見直しは、政府の刑事訴訟法改正案が今国会で成立する公算が大きく、冤罪被害者らが求める証拠の全面開示などは実現を見通せない。
いずれも再審無罪が確定した静岡県一家4人殺害事件の再審請求人袴田ひで子さん(93)、福井女子中学生殺害事件の前川彰司さん(61)、滋賀県の呼吸器事件の西山美香さん(46)と、再審開始が決まった同県日野町事件の再審請求人阪原弘次さん(65)の4人が6月4日、中日新聞名古屋本社で語り合った。
冤罪被害者が救われる制度とは―。それぞれの思いと提言を紹介する。
座談会 参加者
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編集局長
1.事件を振り返って
それぞれ再審開始確定や再審無罪確定まで長い年月がかかりました。振り返って今の思いをお聞かせください。
事件が起きた時、私は33歳でした。最初は冤罪という言葉すら知らなかった。何が何だか分からず、あたふたしていました。それから58年。再審で(弟の巌さんの)無罪を勝ち取ったのが私が91歳の時。事件当初、それほど年月について考えませんでしたが、このごろ少し落ち着いたので考えると、長かったと思います。こんなことをいつまでもやっていられたんじゃかなわんよ、と思いまして。再審制度の法改正には大いに力を入れて頑張っているんです。
私たちはもともと冤罪事件というものは、巌だけのことでそんなにあるものじゃないと思っていました。でも、あらゆる人が苦しんでいるんですよ。再審というのは今まであまり世間が注目してきませんでした。こそこそと内緒で裁判をやっているという感じだったでしょ。最近は世間がある程度関心を持ってくれているおかげもあって、良い結果を得られています。大変ありがたいことだと思っていますが、再審開始まで、とにかく時間がかかりすぎます。なるべく早くやるようにして、皆さんの苦しみを取り除かないといけないと思っています。
私もひで子さんとほぼ同じ意見です。事件当時はまったくの素人で、まさか警察が悪いことをするなんて、検察が不正をするなんて、ましてや裁判官が正しくない決定を出すなんて、思ってもいなかった。ただ、通常審の一審判決では、まるで無罪判決を聞いているような内容の有罪判決だったんです。「なんでこれが有罪なんや」っていう思いを素人ながらに抱いたのは覚えています。
2018年の大津地裁、23年の大阪高裁で再審開始の決定が出た時、そして最高裁が検察の特別抗告を棄却して再審開始が確定した時、確かにうれしかったです。でも同時に、逮捕から38年という随分長い年月がかかったんやなという思い、やっとこれで終われるんやなという思いが込み上げてきたのも事実です。
われわれ家族にとっても、父の再審請求というのは本当に長い時間がかかったと思っています。父の場合は刑務所で亡くなっています。決して、父のような悲しい人間を二度と生み出してはいけないという思いに至っています。
福井事件は私が二十歳の成人式を終えた2カ月後の出来事なんですね。翌年に21歳で逮捕され、昨年に60歳の還暦を迎えました。事件発生からざっと足かけ40年たっています。私が若いときの、現役時代の全てを費やしたという思いの中で、この福井事件に就職したかのようにさえ思います。
一度でも司法によってやり玉に挙げられたわれわれというのは、疑う人もやっぱりいると思うんです。そういう意味で、一度でもこういう状況にされた日には、われわれはもう社会的には何とも言えない立場になってしまう部分があると思います。
福井事件は昨年、無罪が確定しましたが、実は被害者のお姉さんと面会する機会がありました。その際、お姉さんは「福井事件は何も終わっていない。真犯人がこの地球のどこかにいる」と言ったんです。私はその言葉が極めて印象的で心に残りました。そうだな、何も終わっていないな、と。実際、事件の真犯人が当然どこかにいるわけなんですね。それが捕まっていない。
ということはやはり、われわれの事件は決して終わってはいない。このままにしておいていいのか、ということを私は逆に問いたいです。司法、警察、検察もですが、社会の公器、マスコミの皆さんにも、むしろこちらが問いたい部分はあります。
私の場合は任意の段階で自白して逮捕されました。事故であって事件でないのに、連日、警察に業務上過失致死容疑で取り調べをされたことで、精神的に参ってしまって自白してしまったんです。それをいち早く中日新聞さんが「ニュースを問う」という連載で取り上げてくれた。私にとっては刑務所の中にいる時、すごく励みになりました。他の冤罪事件より期間は短いですけど、青春時代を奪われたっていうことに対しては、今思うと結婚したかったな、出産したかったなと思ってつらくなります。再審の法改正の議論が進んでいる中、何とか今、法が変わって冤罪被害者が救われるように願っています。
2.証拠開示
皆さんの長い闘いの中で、再審開始の鍵となったのが検察が新たに開示した証拠です。再審制度見直しの政府案では、裁判所が検察に証拠提出を命じる規定が盛り込まれています。ただこれは、再審請求理由に関連する証拠に限っています。自身の事件に照らして、どんな懸念がありますか。
福井事件は第1次再審請求の際も、わずかですけど証拠開示がありました。被害者の傷口が合わないとか。そういう鑑定を基に一度は再審の扉が開いたわけなんですけど、結局、閉じてしまった。第2次請求は裁判所が強く促して、287点という証拠が開示されました。その中に信じられない証拠があったわけなんです。その証拠を見た裁判所は判決の中で、一審からこれが出ていたら、再審請求以前に無罪判決が確定していた可能性も十分考えられる、と表現しています。それほど証拠は警察、検察が隠しているのです。初めからこの事件は冤罪だということを、捜査機関の方こそむしろ知っている。だから証拠を開示しないんだと思います。当然不利になるわけですから。
その証拠開示のあり方が、国会で審議されています。関連する証拠であれば開示されるみたいですけども、関連がなかったら開示されないわけでしょ。その判断は誰がするんでしょうね。
袴田さんの場合、支援者の方が実験をして、明らかになった証拠を基に再審が開かれ無罪になっています。証拠はやはり全面的に開示してほしいというか、すべきだと思います。手持ちの証拠は全て明らかにすべきではないかと思います。
福井の事件では、開示された中に、重要証言をした知人が事件当日に見たとするテレビ番組の放送日が誤っていたことを示す証拠があった。一審の時から、検察は把握していたにもかかわらず、隠し続けていたということでした。
この件で、検察幹部から福井事件の再審無罪に「(当時の捜査は)あり得ない」というコメントが出ています。初めから事実に合わない証拠、供述調書を検察自体が理解していたわけなんです。それでもあえて有罪を主張し続けた。このことに裁判所は「ぬけぬけと有罪を主張し続けた」と、そういうふうに言っています。分かっていて有罪を主張し続けた、と。当然、あきれますよね。福井事件は今、最高検の指示により、名古屋高検が動いて検証が始まっています。おそらく検証結果が公表されるでしょうけど、それを待ちたいです。
やっぱり、私たちは素人ですから、ほとんど弁護士さんにお任せしています。なるべく余分なことは言わないようにしておりました。1年以上もたって、そんなもの(有罪判決の根拠とされた証拠の衣類)が出てくるのは大体おかしいです。それを「おかしい」と思わないで、巌のものだ、と。こじつけというか、無理にでも巌のものにしたがってやったことだと思う。
弁護士さんは証拠開示で600点ぐらい出てきて「全部、巌さんの無罪につながるようなものだ」と喜んでいたんです。その前は弁護士さんも困っていた。どうしていいのか分からなくて困っていた。証拠開示で出てきて、それを弁護士さんが皆さんに公表しました。そうすると、世間の人がこっちを向いてくれるんです。今まで関心がなかった人まで関心を持ってくれる。そういうことも大変大きいと思う。
みそ漬け実験とかいろいろやりましたが、それは後の問題で。最初に証拠が出てきた。こういう証拠が出てきたと、弁護士がいろいろ言うでしょ。私は世間の人に知らせるということが大事なんだと思っている。世間の人たちが関心を持ってくれるということです。それで「この裁判はおかしい」といろいろ言っていただく。支援者でなくてもね。そういうことがあらためて言われてきたから、巌は無罪になったと思っております。それは皆さんの応援のおかげだと思っております。だから、証拠を隠す、ないものにする、そういうことはやってほしくないですね。
日野町事件でも、同じように実況見分の写真とネガフィルムが再審開始の決め手となっています。
私よく、皆さんの前で訴えをする時に「父はあの時、逮捕されるべきではなかった」「父は有罪判決を受けるべきではなかった」「父は死ぬべきではなかった」と申し上げているんですよ。どういうことかと言いますと、再審開始決定の大きな要因が、(弘さんが遺体発見現場などに案内したとされた)引き当て捜査におけるネガフィルムの開示です。
金庫の投棄現場におきましては、帰りに写した写真。帰りですから、行って帰り道だから、当然帰ってくる向きは分かりますよね。その時に向きを変えさせて、さも行きのように写真を撮っている。そこに検事さんもおられたんですけど、撮っている。それを裁判所に証拠として提出しているわけですよね。
もう1点は、遺棄現場で被害者のご遺体に見立てた人形を抱いている写真と抱いていない写真が交互に写っているんですよ。あらかじめ、捜査側がリハーサルをしながら人形を下ろさせたり、抱かせたりして写真を撮っているんですよ。それによって、これは当人が自発的に案内したとはいえないということで、父は再審開始が確定したわけです。
この証拠が例えば、通常審の段階で出ていたならば、裁判所は有罪判決を出したであろうかと考えたら、私はおそらく無罪判決だったと思います。間違いないと思います。少なくとも、父による第1次再審請求の時にこの証拠が出ていたならば、父は死ぬことがなかったと思うんです。引き当て捜査のネガフィルムが早期に証拠として提出されていたら、父は死ぬことはなかったわけですよ。
幸運だったのは、第1次再審請求審の早い段階で証拠の目録が開示されていたんです。だから検察がどんな証拠を持っていたか分かっていたので、(第2次再審請求審で弁護団の求めに応じて)裁判官が「このネガフィルムを開示してください」ということで開示された。他の事件と違うのは、その目録があったから父は救われた。救われたって、亡くなっているから救われたことにならないと思いますが。目録によって再審開始が確定したと言っても過言ではないと思うんですよ。
裁判官も弁護士も、検察がどんな証拠を持っているか分からないわけですよね。裁判官は関連する証拠ということすら分からないわけですよね。これは公平な裁判といえるのかどうか。父は通常審の段階から、いわゆる公平ではない裁判で有罪判決を受け、死に至ったんではないかと、私は考えています。そういう意味でも証拠開示は本当に大事なことです。
このようなことが二度と行われないように証拠は全面開示、全ての証拠開示をした上で、有罪方向の証拠もあれば無罪方向の証拠もある。真犯人ならば有罪方向の証拠しかないと思うんです。逆に、父のような冤罪被害者であれば、無罪方向の証拠しかないと思うんですよ。仮にそういった証拠があったとするならば、それを争うのが裁判、公判であると思う。全証拠を開示してそれを裁判官と検察官、弁護士の3者で「これはこうですよ」と議論をする中で、裁判の方向性を決めていただきたい。そうすると少なくとも、無罪の人間は必ず無罪になる。有罪の人は必ず有罪になる方向性が生まれてくると思うんです。そういう意味でも証拠の全面開示は必要です。
写真のネガフィルムは捜査当時、警察が検察に送っていませんでした。
裁判所の指示によって「ネガフィルム、出しなさい」と言った中で、検察官が持っていなくて、警察が保管していたようです。つまり、全ての証拠は送致されなければいけないですよね。それを送致していなかった。いろんな不正とか隠したりとかすることによって、このような不幸な事件が生まれたのではないかと思います。
(呼吸器事件でも)なかなか証拠を出さないということで、弁護士もどうやって裁判を続けていったらいいか分からない状態でした。運よく第2次再審請求の高裁で、後藤真理子裁判官が(死因について)致死性不整脈の可能性を言ってくれて、こちらが致死性不整脈の可能性の証拠をいっぱい集めて、再審開始決定が出て、再審公判になってから証拠がどんどん出てきた。滋賀県警がまだ送致していない証拠まで出てきて「もうどうなっているんだろう」と思って。証拠は全面的に開示した方がいいと思う。
阪原さんの場合、証拠さえ全部開示していたら、お父さんは亡くならなかったと思う。袴田さんの事件もひどいもんじゃないですか。みそタンクに漬けていたら赤い色にならないのに、なるとか。そんなの普通の人でも分かるし、(犯行時の着衣とされた)ズボンをはけないのに犯人だと言う。警察とか検察とか裁判所が本当におかしいと思います。
私の場合は早くに再審公判も開かれて、他の人に比べたら、そんなに苦労はしていないですけど、本当に証拠は全面開示してもらいたいなと思っています。
滋賀県でこんな立て続けに冤罪事件が起きている。日野町事件といい、私の事件といい。私の場合は滋賀県警が謝ってくれましたけど、阪原さんの場合は謝っても、もうお父さんは戻ってこられないから。本当に気の毒でならないですよね。滋賀県警、なんとかしてもらわないと困りますね。
証拠の全面開示の方がむしろ、抗告の禁止より先に来るべきなんじゃないかという思いもある。そちらの方が大事じゃないかな。再審の扉が開かないことには、不服申し立てがどうのこうのなんて二の次になる。証拠を全面開示して、再審の扉を開けることが、まず第一になってくるんじゃないかなという気がするんですね。
前川さんの事件は、テレビ番組の放映日の誤りを、検察が隠していたわけじゃないですか。逆に私たちは、証拠を隠したことに対して、罰則を設けてほしい。「申し訳なかった、証拠を隠していました」ぐらい言ってほしいですよね。前川さんの場合、それ(証拠隠し)があったから有罪判決を受けたし、(その証拠が開示されて)再審開始が決定されたと考えるとね。
捜査側が証拠を隠す。例えば、袴田さんの事件も裁判所に提出するのになんでわざわざ白黒の写真を提出するんですか。カラー写真で撮っているから、カラーで提出すればいいだけのことじゃないですか。それこそ、捜査側の証拠隠しだと思うんですよ。それを許していたら、浮かばれるものも浮かばれない。それが、われわれが冤罪被害者になった根本であると思う。
西山さんは当然、真犯人になるべき人じゃないですよね。それを犯人にしてしまう。本当に怖い話ですよね。冤罪というのは、そこら辺を歩いている人がちょっと事件と関わっただけで、真犯人にされてしまうという怖い一面がある。それを救うのが証拠開示。目的外使用(の禁止)なんて、そんなばかなことを言っていないでね。逆にその証拠を出さなかったことに罰則規定を設けてほしいです。
3.再審法政府案への懸念
政府案には、開示された証拠について、再審手続き以外となる目的外の使用を罰則付きで禁じる規定が盛り込まれました。これについて、当事者が支援者や報道機関に証拠を示すのを萎縮させるとの懸念が出ています。この規定の影響をどう考えますか。
やっぱり萎縮してしまいますよ。われわれは知る権利があるのに。民主主義の社会の中で、知る権利があるのにさ。マスコミにも漏らしたらどうとか、ちょっとどうかしていると思います。
私たちもそれこそ支援者がみそ漬け実験をしたりいろいろして、証拠を見せてもらってやったんですよ。だからこそ巌は無罪になった。だけど、検察は袴田事件でやったことが、まことに都合悪く無罪になっちゃったと思っているんでしょう、きっと。それだから、なるべくそういうことのないようにと思い、今、法律をああだこうだ言っているわけ、法務省で。そう思っている。
だけど、再審の裁判だから目的もへちまもなく、良い証拠も悪い証拠も全面開示して、皆さんに見ていただいて、それで裁判をやるのが普通じゃないかと思っているの。再審の裁判はね。それをああだこうだ言って「目的外使用はいかん」とか今言っていますが、そんなことはあってはならないと思っている。
やっぱり報道機関に証拠を提供するのは、「市民の皆さんに事件に注目してもらいたい」「注目してもらって支援してもらいたい」という思いがあったからです。なかなかそこら辺は難しいですけど、私の場合はお父さんがいろんな報道機関に連絡を取って「助けてほしい」ということを言って。それで中日新聞と毎日放送が注目してくれたということで、お父さんが全部記録とか持っていたから、見せられたんだと思うんですけど。目的外使用(の禁止)というのを私は知らなくて、弁護士さんから聞いてびっくりしました。
いろいろ記者さんと手紙のやりとりとかできたのは、私にとっては中にいる時に「あ、注目してくれているんだな」と思って、「私の冤罪を信じてくれているんだな」と思って、すごい励みになりました。「どんなことでも聞いてくれたらいい」と言って、当時の記者さんには手紙でいろいろと質問とかしてもらって、それに対して答えていました。
やはり全面開示だと思います。ただ、警察、検察が手持ちの証拠を全面開示したとするならば、世の中が混乱しませんかね。「司法というのはこんなところなんか」ということが、世の中にバレてしまうから。ある意味、日本の治安が成り立たなくなるんじゃないか。そういう部分はちょっと感じます。
そうは言っても、無辜の救済が進むのは、これは間違いないと思うんです。無実の人が確実に救われるのは間違いないと思います。証拠の多くを開示することによって。
まず、西山さんの事件を勉強させていただく中で、事故か事件かを見抜いたのはメディアだと思います。その中で西山さんは救われました。当然、日野町事件においても、ネガフィルムが開示されたことによって再審開始が決定になりました。それを広めてくれたのはやはりメディアです。メディアの方に広めていただくことによって、世論が動きました。いろんな情報が集まってくるわけですよ。それによって救われた部分があると思うんです。
例えば、日野町事件は金庫の投棄現場のネガフィルム、ご遺体の遺棄現場のネガフィルム。それともう1点、(事件当日に知人宅で酒を飲んで寝ていたとの)アリバイ証言というのがありましてね。アリバイ証言をされる方が、弁護士さんに証言しやすくなったんじゃないかと思うのです。
「この事件はもしかしたら冤罪か」というメディアの報道の中で「じゃあ、冤罪であるならば助けないかんな」ということで、そのアリバイ証言をしやすくなった。そういうことは、まあまああると思うんです。支援団体の方々が、日野町の場合は(事件現場が)「ホームラン酒店」という酒店なんですけど、それを忠実に再現して実証実験をやっていただく。こういったことができるのも証拠が開示されているからです。
証拠は全面開示されるべきで、その証拠の目的外使用をすることによって、いわゆる真実が見えてくると思うのですよ。それは支援団体によって、あるいは弁護団によって、メディアによって、それは分かりません。あらゆる方向から真実を追求する上で必要なことだと思うのです。だから、目的外使用(の禁止)には私は全面的に反対です。
政府案は検察抗告を「原則禁止」としつつ「十分な根拠」がある場合は抗告できる余地を残しました。
検察の判断次第で抗告できることになってしまう。全面禁止にすべきではなかったかと思います。福井事件の場合、第1次再審請求で一度は再審の扉が開いたのに、検察が異議を申し立てたことで(第2次請求で再審開始が決まるまで)長い期間がかかったわけです。再審開始決定書に「犯人と認められない」という文言が盛り込まれました。再審開始決定は無罪と言っても過言ではないと思います。
諸外国を見てもドイツやフランスなどには再審開始決定に対する検察の抗告権がありません。日本の刑事司法は遅れているといわれます。今こそ先進国に学んで全面禁止にすべきです。再審公判で争うことができるわけですから。
日野町事件は、第2次再審請求で地裁が再審開始を決定してから最高裁で確定するまで7年以上かかりました。
地裁の再審開始決定は父が逮捕されてから30年後。再審は「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」によって開かれる狭き門です。捜査側は延べ何百人、何千人という捜査員を動員して証拠を集め、父を犯人にしたわけですよね。
一方で、再審を請求する方は20人そこそこの弁護士が、それこそ目を皿にして、血のにじむような思いで見つけた証拠を再審開始決定につなげたわけです。その開始決定も、地裁か高裁か最高裁か、どこで出るか分かりません。だからいったん決定したなら、検察は公判で争うのがあるべき姿ではないでしょうか。証拠が全部開示され、抗告がなかったら、もっと早期に再審の結論が出ますよね。
だから司法のブラックボックスなんですよね。公開の法廷で開始決定が出て検察側が上訴するなら、まだ分かりますが、非公開で行われる再審請求審はアンフェアです。
袴田さんの場合、第2次再審請求による再審開始決定から確定まで9年かかりました。
なぜそんなに長く裁判をやらされるのかと思うんです。証拠が開示されなかったのもありますが、裁判官が3年ほどで転勤するから、「関わりたくない」と思って3年間ほっておけば、そのまま過ぎちゃうわけですよ。そういうことで長引いたのではないかと思っている。死刑にも無罪にもできないということで順送りにして、30年も40年もたっちゃった。それでは困るんです。(逮捕から釈放まで)47年7カ月も刑事施設の中に入っていて、まともでいろという方が無理。だから精神に異常を来しておりますが。
事件は1966年。(再審無罪が確定した2024年に)謝罪に来た警察の一番偉い人(当時の静岡県警本部長)は、まだ生まれていなかった年なんですよ。そんな方が謝ったってね。そんなことをしているより、できるだけ早く裁判を始めて、白は白、黒は黒と、早くけじめをつけなきゃ。いつまでこんなことをやっているんですか、と言いたいです。
私の場合は、出所した4カ月後に再審が決まりました。本当にうれしかったし、信じられない気持ちでした。弁護士の話で、検察が特別抗告するのは予想していたため、私自身はショックを受けなかったですが、両親は再審が決定したのに、また決定を待たないといけないのかとショックを受けていました。家の中がギクシャクして、私も精神的に不安定になってきて、いろんな人に迷惑を掛けたり、いろんな弁護士に相談に乗ってもらったりしたんですよ。抗告は禁止した方がいい。皆さんがおっしゃるとおり、再審公判で争えばいいことなので。抗告されると、本当に不幸というか、つらい日々を過ごさないといけないんだから。分かってもらいたいなと思います。
4.望むこと
再審制度の見直しを巡っては、法務省のかたくなな姿勢に世論の批判も集中しました。
法制審議会では専門家ではなく、「再審のあり方をどう思いますか」と素人に聞くべきだったと思う。今回の改正案は冤罪救済になっていない。
たった1回の再審開始を決定させるためにどれだけ苦労してきたかというのを彼らは分かっているのか、と思います。父のような不幸な人間は絶対に生んではいけない。何もやっていない人間が刑務所の中で死ぬなんてあってはいけない。
体面を守ることだけ考えて、冤罪被害者のことなんて考えていないですよ。なんとか抜け道をつくろうと一生懸命。
結局、検察官と法務省は同じですよね。「1人を救済するために何人もの真犯人を取り逃がす可能性がある」とよく言われますが、そんなことを考えているようでは無実の人間は救われない。
それぞれ警察の不当な捜査が問題になりました。それは再審以前の問題で、大体が自供偏重。適正な捜査の実現のためにどうしたらよいでしょうか。
巌の事件は初動捜査に誤りがあったと思っています。捏造までして犯人に仕立てた。地元出身の人間ではなく流れ者、当時ボクサーはやくざかチンピラくらいだと偏見があった。真実を調べ、本当にやったのか、やっていないのかを確認してほしい。
西山さんの事件では取り調べをした警察官が自白に誘導したのではないかといういわゆる供述弱者の問題がありました。
椅子を蹴られたり、机をバンバンたたかれたりして、なんとか逃れたいと軽い気持ちで「アラームが鳴った」と言ったら、急に優しくなりました。身の上話も聞いてくれ、取調官を好きになってしまった。私に障害があって付け込まれた感じ。供述弱者には取り調べで弁護士が立ち会うとか守ってもらわないと冤罪がなくならないと思うんです。
父には迎合性が指摘されているんです。
逮捕の前日、「父ちゃん殴られても、蹴られても、自分はやったとは言わんかった。けど、おまえたちの嫁ぎ先へ行って、家の中をガタガタにしてきたろかって言われた時は、父ちゃん我慢できんかったんや。父ちゃんは何もやってない。誰が信用してくれんでも、おまえらだけは信用してくれ」と泣いた夜のことです。長女が「やったって言うたら、私たちは犯罪者の娘になるんやで。それでもええんか」と言うと、「あした警察へ行って、きょう言ったこと全部ひっくり返してくる」と言ってくれたんですよ。その中で父が「あした入れ歯は外していこうかな」「警察に小突かれて、入れ歯の留め金が顎に当たって痛いんや」と言うんですよ。
そういう状態で取り調べを受けて、苦し紛れに自分がやったと言ってしまった可能性があるということですよね。
福井の事件では警察は検証も謝罪もしていないですね。
無罪になった今、どういう事件か分かっていないのにどうして検証しないのか。多分できないんでしょうね。やはり福井事件でも初動捜査にミスがあったと指摘があります。
冤罪を生まないためにどのような刑事司法制度を望みますか。国会の審議に期待するところは。
今なお道筋がついていないいろんな事件で、暗闇の中でもがいている人たちがいる。証拠の全面開示、検察官の抗告禁止、(有罪判決に関与した)裁判官の除斥・忌避、期日を設けてすみやかに裁判を開始すること、この四つはぜひ実現したいですね。
あと証拠の目的外使用も。マスコミに見てもらわないと再審開始は進まない。隠してやってきてこうなったんだから、オープンにやっていただきたい。
無辜の人は無罪に、真犯人は有罪に。それが本来の姿ですよね。
終わりに
刑事裁判をやり直す再審制度の見直しに向けた刑事訴訟法の改正案が衆院を通過しました。中日新聞社と日刊県民福井が開いた座談会では、再審無罪や再審開始が確定した人たちに長年の苦しみを語ってもらいました。参院での審議を前に、国会の議論は血の通ったものなのかと考えています。
「私が33歳の時の事件です」と話したのは、袴田巌さん(90)の姉ひで子さん(93)。阪原弘さんの長男弘次さん(65)は「父のように、無罪なのに刑務所内で死ぬ不幸な人間を生んではいけない」と語気を強めました。前川彰司さん(61)は「現役時代のすべてを事件に費やした」と振り返り、西山美香さん(46)は「青春時代を奪われた。結婚したかった。出産したかった」と悔しがりました。
裁判所が冤罪の訴えを認めて再審開始を決めると、検察が上級審に抗告できる制度を原則禁じるのが政府の改正案です。あくまで原則で、例外もあります。巌さんは第1次再審請求審に27年かかり、請求を棄却されました。第2次再審請求から無罪を勝ち取るまで、16年半を費やしました。
証拠開示では政府案に修正があったものの、裁判所が検察に提出を命じるのは「再審請求理由に関連する証拠」に限っています。
法改正の動きを報じる中で、法務省を批判する政治家の言葉に注目が集まりましたが、冤罪被害に苦しみ続けた人たちの声をもっと書くと決めました。
座談会の参加者は「検察の抗告は全面禁止。証拠は全面開示」を強く求めました。役所の誤りと闘い続け、再審の扉をこじ開けた人たちの心の叫びです。ひで子さんは「人間が作った法律、直せんことはない」と国会の議論に期待しました。
4人の言葉が、政治家にも市民にも届くよう切に願います。
(中日新聞名古屋本社編集局長・牧洋一)
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座談会は2時間にわたって行われました。前後編に分けた動画では、座談会の詳細な様子をご覧いただけます。