票と議席の変換曲線

衆院選の「ゲームのルール」

野球とバスケットボールの競技規則をどれほど子細に読み比べても、いずれが3桁の得点で競り合うゲームなのかは、やってみないとわからない。衆院選に導入されてから四半世紀が経った小選挙区比例代表並立制の「ゲームのルール」、つまり、かならずしも法律に書かれているわけではない実質的なルールも、8回の総選挙でやっと浮かび上がってきた。

横軸に得票率、縦軸に獲得議席率をとり、過去8回の総選挙の各党の成績を滑らかな曲線で結ぶと、票と議席の変換曲線が現れる。有権者の票を議席に翻訳する選挙制度のゲームのルールだ。

この曲線から、大政党は4割以下の得票で過半数の議席を得ることができることがわかる。逆に、得票が2割以下の政党にとっては、票から議席へのレートが非常に悪い。小選挙区制度が少数派政党に不利といわれる所以だ。

ギャラガー指数は16.28

曲線ではなく数値で表すこともできる。ダブリン大学のマイケル・ギャラガー教授が継続的に更新している票-議席不均衡指数(ギャラガー指数)は、票と議席の乖離かいりを0から100までの数値で表す。0が完全比例で、大きいほど議席数が票数とかけ離れていることを示す。140カ国の直近の選挙のギャラガー指数は以下のようになっている。

指数40.8のグレナダ(人口11万人、小選挙区制)では、2018年の総選挙で得票率59%の新国民党が全15議席を独占し、41%だった国民民主会議は1議席も取れなかった。

指数30.8のブータン(人口75万人)は、一回目の投票で選挙に参加できる2政党を選び、二回目の投票で一対一対決(47選挙区)を行う。2008年に選挙が導入されて以来、3回すべての選挙で与党が入れ替わっている。

日本の指数は2017年総選挙の16.28で、主要国の中ではロシア(小選挙区比例代表並立制)に次いで高かった。なお、イギリスは2017年の6.47だったが、この年の総選挙は例外的で、平均は日本に近い。

票と議席の乖離を広げている要因は何だろうか。

比例代表:ほぼ看板通り

衆院選の比例代表部分(176議席)だけに対象を絞ると、票と議席の変換曲線は以下のようになる。名が示す通り、票と議席が比例しているならば、点は対角線上に並ぶはずだが、現実のデータはやや上方にシフトしている。全国を11ブロックに分けているため、最初の一人を当選させるために必要な得票率が高くなり、小政党に不利になっているからだ。

比例代表制度の代表例とされているドイツ、スペインでも、票と議席が完全に比例しているわけではない。ドイツでは超過議席と呼ばれる制度によって、スペインでは細かいブロック制(50県)と足切り得票率(3%、いわゆる阻止条項)によって、大政党に有利になっている。なお、中選挙区時代の日本は、比例代表制ではなかったにもかかわらず、高い比例性が実現されていた。

選挙区:世界屈指の急カーブ

一方、衆院選の小選挙区部分(296議席)は、世界でも屈指の急カーブを描く。小選挙区制の代表例とされるイギリスとほぼ同じだ。

ただ、この曲線は必ずしも小選挙区制度に固有のものではない。地域対立が根強い韓国では、傾きがかなり緩い。全国平均の得票率が多少変わったくらいでは、各政党のお膝元はびくともしないからだ。2016年の総選挙では得票率と議席率が逆転する珍事さえ起きた。

アメリカ下院選も傾きは緩い。民主党の都市部と共和党の郊外という地域対立が固定的になっていることや、二大政党の一騎討ちで過半数の票が必須になるからだ。

均質な政治状況は戦後の日本が作り上げた成果だが、小選挙区制度と組み合わせると、わずかな差が劇的な多数派を生む原因となっている。

低い当選ライン

日本の変換曲線を険しくしているもう一つの理由は、小選挙区制度にしては当選ラインが低いことだ。

1996年以降の当選者の得票率の分布を選挙区の実質的な候補者数で分類して図示すると、以下のようになる。

1つしかない議席を争う候補数が多ければ、当選の敷居が下がるのは当然だ。四半世紀前の選挙制度改革論議でイメージされた「二大政党制への移行」が進まない以上、4人候補区では4割以下の得票率の国会議員が全体の25%も占めるのも「ゲームのルール」だ。

人ではなく党を選ぶ

2017年の衆院選では、一票の格差を是正するため、0増5減の区割り変更が行われた。この結果、選挙区候補者936人中、119人にとっては、2014年には隣の選挙区だった地域が新しく自分の選挙区に編入されることになった。その地域ではいわば強制的に「新顔」にさせられたことになる。有権者からみれば、馴染みの候補が奪われたことになる。

その119人について、2014年も選挙区だった地域での得票率と2017年に新規編入された地域での得票率の差をヒストグラム(度数分布図)にすると以下のようになる。

強烈な旧民主党地域が編入された川崎二郎氏(三重2区、自民)のように大きな差が生じた例はあるが、全体としては、継続選挙区と新顔選挙区の差はみられない。選挙に必要とされる地盤(後援会)、看板(知名度)、鞄(金)のうち、看板の重要度が低下しているのかもしれない。また、党主導の選挙を目指した小選挙区制度が有権者にも受け入れられている、あるいは、受け入れざるをえなくしていると解釈することもできるだろう。

党と有権者のルール対策

急峻な変換曲線は、第一党(自民党に限らない)が少ない票数で議席を占め、二番手以降の政党に対する票がいわゆる死に票になる『不比例代表性』の視覚的な表現だ。日本は世界屈指の急峻な変換曲線を持つ。

「不比例代表」に問題があることは多くの有権者が同意するに違いないが、選択肢はわずかしかない。選挙制度自体の見直しを求めるか、(与党は野合だと批判するだろうが)制度が求める正当な戦略として野党選挙協力を容認するか、あるいは、地域政党に票を集めるか。有権者にとっても新たな「ルール対策」が必要になるだろう。

滑らかな曲線を描く 得票率と議席率の点を結ぶ滑らかな曲線を描くため、得票率の平均と分散(地域差)、当選ラインを変えた5万通りの選挙のコンピューターシミュレーションを各1000回行い、平均値の曲線を計算した。その中で、最もデータにフィットする曲線を選んだ。

選挙区の得票率の散らばり(分散)が大きいほど、曲線の傾きが緩慢になる。また、当選ラインが低いほど、曲線は左にシフトする。