亥年現象を探して

地方選は投票率を下げるのか

3年に一度の参院議員選挙と4年に一度の統一地方選挙は、12年に一度、干支でいえば亥年に、同じ年の春と夏に行われる。この亥年の参院選は、不思議なことに、投票率が下がり、自民党が苦戦するといわれてきた。前回の亥年は、投票率こそ下がらなかったが、自民党は大敗した。亥年現象は今回、2019年にも起きるのだろうか。そんな問題意識でデータを探ると...

亥年現象とは

1990年ごろまでのデータを見れば、亥年に行われた参院選(上記グラフで濃赤)で投票率が低いのは一目瞭然だ。

そのメカニズムについて、当時著名な政治記者だった朝日新聞の石川真澄氏が提唱したのは、「国政選挙でも実際の選挙運動を担っているのは地方議員だ。亥年には、4月に自分の選挙が終わったばかりの地方政治家が、3か月後に参院選のための動員をしなければならないが、その気力も余力もない」というものだ。彼は著書で「亥年現象」と名付けている。

投票率が下がるだけなら、自民党が苦戦するとは限らない。しかし、自民党の地方議員の方が「現金な政治家」なので、亥年現象の効果が大きく、強固な組織の公明党や共産党が議席を伸ばす--。得体の知れない政治現象に関して説得力があり、それでいて人間臭い説明は、当時はとても魅力的だった。36年前の中日新聞は、低投票率について「史上ワースト2、『選挙疲れ』の定説破れず」と嘆いている。(愛知県は1971年の方が低かった)

消えた亥年現象

ところが、選挙記事の定番だった「亥年現象」は、12年前に消えた。投票率が58.6%になり、前回より上昇したのだ。

政党の組織力が弱まったため、亥年現象そのものが消えたのか。亥年現象そのものは残っているが、平成の大合併の結果、多くの市町村議会で選挙の周期がずれたため、統一地方選挙に参加する自治体の数が減ったからなのか。

現象そのものが残っているならば、統一地方選に参加している自治体だけを抜き出してみれば、投票率の低下現象が見られるはずである。下記のグラフは、東海北陸6県の市区町村について、参院選と地方選挙のタイミングを図示したものだ。

前回の亥年選挙、すなわち2007年の参院選について、直前1年以内に議員選挙が行われたか否かで市区町村を分け、2003年参院選の投票率との差をヒストグラム(度数分布)で表すと、以下のようになる。

直前に地方選挙があったかどうかは、参院選の投票率にはほとんど関係がないように見える。統計的検定を行っても差は認められない。

「亥年現象」はどこに消えたのか。自民党が現在でも強い北陸3県には、残っているのではないか。東海地方でも、自民党の得票率だけに限れば痕跡が見られるのではないか。いろいろな組み合わせを集計しても、亥年現象は見つからない。

現象そのものが消えたのか、あるいは、このような集計では亥年現象は捉えられないのか。

最大の亥年現象が起きた36年前、愛知、岐阜、三重3県の自治体を対象に、同じように投票率を集計してみよう。この年の春の統一地方選で議会選挙が行われたか否かで市区町村を分け、1980年参院選の投票率との差をヒストグラムで表すと、以下のようになる。

10%以上の「亥年現象」が起きたはずの36年前、統一地方選のサイクルから抜け出していた自治体はまだ少なかった。しかし、ヒストグラムを見る限り、投票率は、議会選挙があったかどうかとは全く関係がない。

幻の亥年現象

市町村合併や議会の解散の結果、2019年は地方議会のうち41%しか統一地方選挙に参加していない。しかし、それ以外の自治体にも12年に一度、参院選と同じ年に議会選挙を行う年が来る。

2007年以降の3回の参院選について、その年に議会選挙が行われた自治体か否かで投票率を比べても、明確な差を示すものはなかった。直前の議会選挙が「選挙疲れ」を引き起こしたり、選挙運動をサボらせたりすることがあったとしても、少なくとも、選挙結果を左右するような影響はないといえるだろう。

選挙ジャーナリズムにおいて長く愛用されてきた「亥年現象」は、初めから「幻」だったかもしれない。参院選は3年に一度、亥年選挙は12年に一度しかなく、その間に、有権者は12年分、歳をとり、政治の議題も政党の構成も12年分、変わってしまう。相場やギャンブルに夢中な人が、株価の罫線や出目のパターンに特別な意味を見出すように、選挙スズメの目には、偶然起きた投票率低下が選挙運動の構造を映し出す現象として見えたのだろう。

データについて 参院議員選挙のデータは、中日新聞が参加する共同通信集票システムのデータを用いた。地方議会の実施日付は、総務省(自治省)の「地方公共団体の議会の議員及び長の任期満了に関する調」を元に、中日新聞記事データベースを用いて実際の実施(あるいは無投票)を調べた。1983/1980年の愛知県に関するデータは、中日新聞紙面データベースを用いた。