3D選挙地図

期日前投票所は
投票率を上げるか

浜松の投票区投票率

投票率の向上などを期待して2003年に導入された期日前投票は、いまでは投票者の3人に1人(37%、2017年総選挙)が利用している。通常は選挙管理委員会のある役所に出向いて投票する必要があるが、近年ではショピングセンターや駅前施設などに出張投票所を設ける自治体も増えている。投票所の増設は、投票率を上げる効果があるのだろうか。

有権者に関する情報は、自治体の選挙管理委員会が管理している。情報公開に積極的なアメリカの一部の州では、有権者の住所氏名だけなく投票履歴も公開されているため、投票所と投票率の関係は詳細に研究されている。日本では、選挙人名簿の閲覧さえ厳しく制限されているため、選挙管理委員会が自主的に分析して発表しない限り、投票所の開設が投票率に及ぼす影響を推測することができない。

ここでは、選挙結果の公開が充実している静岡県浜松市のデータを使って、期日前投票所の効果をみてみよう。

浜松市は、2005年に旧浜松市、浜北市、天竜市と8町1村が合併してできた巨大自治体だ。人口は約80万人、面積は全国2位。官庁や商業施設が集まる中区、製造業の盛んな北区、過疎が進む天竜区など、「日本の縮図」になっている。

同じ投票所を使う有権者の集団を投票区といい、浜松市では投票率が公表される最小単位になっている。投票区は、有権者3000人以下、投票所までの距離が3000メートル以内(旧自治省の目安)となるように自治体の公職選挙管理規定で定めることになっている。

浜松市は208の投票区を定めている。有権者が7000人を超える区が10区あり、そのうち南区の2投票区は8000人を超える。一方、100人以下の投票区も7区ある。いずれも天竜区だ。2019年には、過疎が進んで立会人が選出できなくなった第733投票区が廃止され、隣の投票区に統合された。

投票区はほぼ固定しているが、投票所はしばしば変更される。政治情勢によって決まる解散総選挙は、地元の行事や施設の工事を考慮してくれない。

中区や南区などの人口密集地域では、投票区の奥行きは数百メートルしかなく、投票所まで歩くことができる範囲に全員が住んでいる。郊外では、車で来る人のための駐車場が必要になるため、投票区の中央に投票所を設置できない場合もある。

一方、期日前投票では、選挙管理委員会がある各区の庁舎に投票所が設けられる。面積が広い浜北区や天龍区では合併前の旧役場でも投票が可能だ。投票資格を確認し、重複投票ではないかをチェックする必要があるため、むやみに増やせない。

浜松では、大規模商業施設や大学にも臨時投票所が設置されている。また、天竜区の選管は「出張投票所」と称して、公民館で1日だけの移動投票所も運営している。オンラインで選挙人名簿に照会できるようになったためだ。ただし、高額なシステム費がかかる。

投票しやすさの指標として、期日前投票所に車で行くために必要な時間(ドライブ時間)を道路データを使って計算すると、投票のための等時間地図を描くことができる。

投票所から同心円状に広がる等時間地図が、法定速度が高い主要道路に沿って伸びていく様子がわかる。

この地図に、国勢調査データから推計した住民人口を重ね合わせると、ドライブ時間に関する人口分布がわかる。浜松市では、期日前投票所から10分以内の距離に住民の9割が住んでいる。

このように得られたドライブ時間を投票区単位で集計し、投票率との関係を比較することにする。

中区など4区について、期日前投票所までの所要時間と期日前投票率をグラフにプロットすると、鮮やかな相関関係が現れる。投票所が近いほど期日前投票の利用は多く、遠くなるにつれて減っていく。投票の利便性を高ければ、住民は投票所を利用することにつながるかもしれない。

ところが、期日前と当日を合わせた総合投票率でグラフを描くと、所要時間はほとんど影響も持たないようにみえる。期日前投票所が近くても最終的な投票率が高いわけではない。

とはいえ、このグラフから「期日前投票所には投票率を上げる効果はない」と即断することもできない。期日前投票所がある区役所の周辺には古くからの住宅地があり、新しい住民が住む新興住宅地は郊外にあるのが通例だから、所要時間がそのまま住民の平均年齢や職業構成に連動している可能性がある。

期日前投票所を新設するには、二重投票を防止するためのシステムを整備したり、会場を借りる費用、人件費がかかる。そのため、選挙管理委員会は、投票率が低い場所でその向上を目指すよりも、利用実績を積むために投票率が高い場所を選ぶかもしれない。

新設投票所の効果

東区(有権者105,140人)では、2017年総選挙の際、平日2日間、区西部にあるショッピングセンター、イオンモール浜松市野に期日前投票所が新設された。東区の総投票者は57,630人(投票率54.8%)、期日前投票の利用者は18,875人(有権者の18.0%)。そのうち、イオンモールの利用者は3,799人(有権者の3.6%)だった。

もし、投票所の新設によって投票率が向上するならば、2014年の総選挙と比較した時、イオンモール周辺では総合投票率が上向いているはずだ。

イオンモール周辺の3投票区(202、203、204投票区)では投票率が向上したようにみえる。投票所が近いほど期日前投票の利用は多いこととも平仄があう。しかし、統計的には偶然の可能性を完全には排除できない。

期日前投票所の新設に投票率を上げる効果はほとんどない。あったとしても1%程度しかない。期日前投票の高い利用率は、それがなくても日曜日に投票に行ったであろう人が事前に投票した結果にすぎないといえるだろう。

政策効果の評価は難しい

内閣府は近年、データを活用した政策立案(EBPM)を推進している。確かに自治体には、選挙人の投票履歴のように、自治体だけが利用できるデータが豊富にある。しかし、自治体は、政策を決定し評価を受ける当事者でもある。

期日前投票所は、科学実験のようにランダムに設置されるわけではない。選挙管理委員会が関係施設との交渉をまとめて、はじめて開設される。だから、その効果の評価には期待するほどの客観性がない。臨時投票所の展開で先行していた自治体では、投票率向上という当初のお題目が利便性向上や有権者教育などに書き換えられている。データの活用と同時に、その限界も意識されるべきだろう。

データについて 浜松市の選挙管理委員会は、投票所単位の期日前投票者数、当日投票者数などのデータを公開し、投票率について詳細に分析している。

投票区は、投票所を運営する「有権者の集団」であって、地理的な概念ではない。区域は自治体の公職選挙管理規定に定められているが、都市部では住所表示、農村部では町内会(集落)表示の場合が多い。町内会で定義されている場合、それだけでは投票区を地図には描けない。この記事の分析で用いた投票区地図の一部は、本紙が地形などから推定している。ただし、推定部分には人がほとんど住んでいないため、結果には影響しない。

人口分布データは、東京大学空間情報科学研究センターの西沢明特任教授が公開している100メートルメッシュ(網)を用いた。500mメッシュ単位で集計されている国勢調査のデータを、建物面積や都市地域土地利用細分データを用いて100メートル単位で按分したものだ。投票所への距離は、メッシュの中心からの距離を人口で加重平均した。

距離・ドライブ時間は、OpenStreetMapの道路データを元に、法定速度を適用させたネットワーク地図を作成して計算した。加減速や信号待ち時間は考慮していないため、ドライブ時間は比較のための目安である。