花形の流儀 フィギュアスケート・宇野昌磨

フランス杯の男子フリーでクリムキンイーグルを決める宇野昌磨=グルノーブルで(田中久雄撮影)

背面滑走 同門の大技

 重力に逆らうような曲芸だ。フィギュアスケート男子のフリー演技。宇野昌磨(トヨタ自動車)の見せ場は終盤に訪れる。両足を外側に開き、背中を氷面すれすれまで倒して滑走する「クリムキンイーグル」。これを得意とした2000年代初頭のロシア選手、イリヤ・クリムキンの名を取った大技として知られる。

 現役トップ選手で唯一取り入れる20歳の全日本王者は「練習すれば誰でもできると思うが、一応トレードマークかな」と照れる。山田満知子コーチと共に指導する樋口美穂子コーチは「昌磨は足首や体が柔らかいからできる。体幹も強くないと起き上がれない」と難易度の高さを強調した。

 この技はシニアのフリー演技のみに適用される採点要素「コレオグラフィックシークエンス」に分類され、ステップやターンなど「あらゆる種類の動作から構成される」という基準を満たす上で、汎用(はんよう)が利く。06年トリノ五輪女子を制した荒川静香の代名詞「イナバウアー」が代表的だ。

 この分類の基礎点はどんな技も2.00に定められているが、宇野は毎試合1.5点前後のGOE(出来栄え点)を加算する。クリムキンイーグルは国際大会でも大歓声を浴びており、芸術性が加味される演技点にも作用しているとみられる。

宇野昌磨が影響を受けた前川忠儀のクリムキンイーグル=2004年、大阪市で

 原点は山田コーチ率いるグランプリ東海クラブにある。伊藤みどりや浅田真央ら五輪メダリストを輩出した地元名古屋市の名門。宇野は入会したての5歳のころ、当時高校生の先輩、前川忠儀が取り入れていた「すごくいびつな形」の技に目を奪われた。

 それを遊びの延長で繰り返したのが、他ならぬクリムキンイーグル。次第にジャンプの練習に傾倒していったが、15年のシニアデビューでコレオグラフィックシークエンスが必須要素に。樋口コーチから「小さい時に忠儀のまねをして、いい線までいっていた」と採用を提案された。

 日本では有望選手がジュニア年代の後半になると、海外の振付師にプログラムづくりを依頼する。だが宇野にとって、振付師としてもトップレベルの樋口コーチがいるクラブに在籍したことは幸運だった。過去の技が呼び起こされ、3季連続でフリー演技に組み込む武器となった。

 一方、前川は流浪の人生を歩んだ。全日本選手権9位などの実績があったが、父の死に伴い大学1年で競技を断念した。その後に起業した清掃会社は倒産。現在は名古屋市内でバーを経営する。励みは宇野が出場する試合のテレビ観戦。「自分の技をやってくれているのはめちゃくちゃうれしい」と言い、初の五輪に挑む後輩の活躍を願う。

 年齢も環境も離れた宇野は、幼少期に見た前川の悲運も現在も知らない。ただ、同門ゆえに出会えた技は珠玉。「育ててくれた恩を返したい」というクラブへの思いを胸に、後継者として平昌で唯一無二の演技を見せる。(原田遼)

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