白銀に輝く 高梨沙羅・冬空の女王

「鳥になりたい」という高梨沙羅。冬空を鳥のように飛ぶ=2017年12月3日、リレハンメルで(共同)

 来年2月の平昌冬季五輪で、冬空の女王が雪辱を期している。ノルディックスキー・ジャンプ女子のワールドカップ(W杯)個人総合で優勝4度を誇る高梨沙羅(クラレ)は、「鳥になりたい」と言って大飛躍を誓う。金メダル候補と言われながら、表彰台にも立てなかった前回ソチ五輪から間もなく4年。成長した大きな羽で、大舞台にそよぐ風をつかむ。(上條憲也)

雪辱の翼 風つかめ 「鳥になる」 揺るがぬ決意

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 本格的な冬シーズンを迎える前から、高梨が繰り返してきた言葉がある。「ソチの悔しさをはね返したい」。W杯で幾多の勝利を積み上げてきた女王は今、その思いでいっぱい。「自分に勝つためには、同じ舞台(五輪)で自分に勝つしかない」と断言する。

 2014年2月11日、17歳は涙を流した。女子ジャンプが初めて五輪種目となったソチの晴れ舞台。五輪シーズンのW杯で13戦10勝と圧倒的な強さを見せつけて本番に臨んだ身長152センチの金メダル候補は、1回目で3位につける。2回目も不利な追い風での飛躍となり失速。着地のテレマーク姿勢も決まらず、4位に終わった。

 不運な風とともに指摘された敗因は精神力の弱さ。高梨は当時を「やりたかったことも、ベストも尽くせなかった」と振り返る。帰国できないとまで思い詰め、今なお「何をしにソチまで行ったんだろう」と悔いを語る。

 失意を癒やしてくれたのは、多くの人からの温かな激励や手紙だった。「結果は残せなかったけど、私の目にはあなたの勇姿が映った」などの言葉や文面の一つ一つが「私にとって励みになった」。支えに恩返ししたいからこそ、五輪の借りは五輪で返す。そんな思いで弱い心と決別し、さらにジャンプを極めてきた。

 スタートゲートに入った瞬間からの姿勢、レールを滑る時の重心の位置、踏み切るタイミング、空中姿勢、着地のテレマーク…。より遠く、きれいに飛ぶための一連の動作は、どれもおろそかにできないが、こだわりはある。「美しい姿勢で勝つのは理想。でも1点だけと言えば、やはり遠くに飛びたい」

 先月上旬、高梨の魂が震えた。札幌・大倉山ジャンプ競技場で行われた国内大会ラージヒル。男子の予選を兼ねた試技で、26歳の小林潤志郎(雪印メグミルク)が風に包まれながら、ふわりと舞った。ヒルサイズ(134メートル)を超え、ジャンプ台記録も1メートル上回る147メートルの大飛躍に会場がどよめいた。

 本戦ではないため認定されない幻の記録となったが、「お客さん目線で見ていた」と高梨。「あの距離まで飛んでしっかり立てる(着地)可能性を与えてくれた。刺激にもモチベーションにもなった」

高梨沙羅、主な国際大会成績

 同時にふと一つの記憶がよみがえったという。11年1月10日、同じ競技場の国内大会に14歳で臨んだ自分が初めてマークした141メートルの大ジャンプだ。「潤志郎さんの結果には遠く及ばないけど、あの時の浮力感は感じたことのないものだった。あの感覚をもう一回味わいたい」

 ソチでは不運な風に見舞われたが、希代のジャンパーにとって風は強い味方だ。競技を始めたころ、無邪気に「鳥になったみたい」と喜んだ。風に乗って大空を羽ばたく。21歳になった今も、その感覚を求めて「鳥になりたいです」と話す。「どんな風の中でもしっかり自分を保って飛んでいける。そんな選手になりたい」とも。

 涙したソチの取材エリアで「また五輪に戻ってこられるように、もっとレベルアップしたい」と誓った。ため込んだ思いをぶつける2度目の五輪。リベンジの時が迫る。

二枚看板 伊藤と高め合う

 試合会場では、ともに平昌五輪で活躍が期待される伊藤有希(土屋ホーム)と握手を交わしたり、談笑したりする高梨の姿が見られる。先月上旬の全日本選手権でも、公式練習の合間に笑顔で雑談に興じていた。別の大会では、良い飛躍があれば互いに声を掛け合う姿も。とかくライバル扱いされる2人だが、そんな意識は当人たちにはないようだ。

 中学時代から海外を舞台にともに戦う伊藤は1月、通算77試合目のW杯で初優勝を果たし、急成長を見せる。二つ年下の高梨は「いつも有希さんの背中を見てここまできた。いろんなことを学ばせていただいた」と言い、先輩に尊敬のまなざしを向ける。

 伊藤も同じ。W杯初優勝の際に口にした言葉が印象的だ。「沙羅ちゃんが勝ち続けていること自体がすごい。自分も(W杯の)表彰台に立って本当に沙羅ちゃんのすごさが分かった」

 お互いに切磋琢磨(せっさたくま)しながら、日本の二枚看板として平昌五輪を見据える。ただ、どちらかが頂点に立てば、一方は必ず敗者に。勝負は残酷だが、高梨は「金メダルを争うというより、ジャンプは自分との戦い。飛ぶ時は一人。自分のジャンプをいかに貫けるかどうか」と話している。

先月の全日本選手権ラージヒル表彰式でタッチを交わす高梨沙羅(左)と伊藤有希(右)=札幌市で

先月の全日本選手権ラージヒル表彰式でタッチを交わす高梨沙羅(左)と伊藤有希(右)=札幌市で

テレビ出演も刺激に

 勝負の重圧にさらされる高梨にとって、息抜きの一つがテレビのバラエティー番組。「お笑い(番組)はリラックスできる。よく見ています」。冬シーズンは海外遠征が続くが、国内にいる時はテレビが欠かせないという。

 五輪シーズンを迎える前には、オフ期間を利用してバラエティー番組に出演する機会もあった。試合後の取材では硬い表情を崩さず、反省点を一つ一つ振り返る姿が多いだけに、高梨の関係者が「番組に呼んでもらえるなんて思いもしなかった」と驚いた。

 それでも収録本番では、今年の流行語にもなった女性お笑い芸人、ブルゾンちえみさんのネタ「35億!」にかけて、当時の自身のW杯通算勝利数「53勝!」と言ったり、球技が苦手ながらバレーボールに挑んだり。意外な素顔をのぞかせた。

 そんな異業種の現場に触れ、本人は大きな刺激を得たと振り返る。何より感心したのがアドリブのトーク。「目の前に(観客が)いなくても、お客さんのことまで考えたしゃべりや、会話のやりとりができるのがすごいなと思う」。ユニークな経験を実直に語るあたりにも、真面目な人柄がにじむ。

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